それでも困る。こんなことをしていると、肥るばかりだ。おっくうだが、すこしは運動をしなくてはなるまい。それで、やっと気持がきまった。
「きょうは、食堂へ行きます」
 広大もない衣装戸棚に一着だけ吊ってある一帳羅のカクテル・ドレスに着かえると、サト子は朽葉色の絨毯《じゅうたん》を敷いた長い歩廊を、本館の食堂のあるほうへ行った。「歩き方コンテスト」の賞品にもらったカクテル・ドレスの裾をひらひらさせ、気取ったポーズで長い廊下を歩いて行く。ファッション・ショウのステージでステップするときのような愛嬌は、みじんもない。映画に出てくる伯爵夫人のように、高慢につんとすましている。
「見ているひとなんかいないのに……あたしって、なんてバカなんだろう」
 くだらないと思ってはいるのだが、こういう環境にはまりこんでから、急に気位が高くなったみたいで、メードたちの前へ出ると、われともなくこんなポーズをとってしまう。
「やれやれだわ」
 趣味のいい家具を置いた明るいサロンを二つ通りぬけると、その奥に食堂がある。
 むやみに天井の高い広々したホールで、ゆっくり四十人はすわれようという長い食卓の端に、一人前の食器が寒々と置いてある。
 最初の夜、シャンデリヤの光りのあふれる森閑とした大食堂で、ぽつねんとひとりで食事をする様式の威厳に圧倒されたが、いまは、これも悪くないと思うようになった。
 食卓につく。ありがたいことに、今夜は食欲がある。
 若いほうのメードが、オードゥヴルの皿を持ちだしながら、
「お写真、とっても、よくとれていましたわ」
 と、そんなことを言う。
 慣れなれしいのが、サト子の感触を害す。たしなめるつもりで、じっと顔をみてやる。
「それは、なんの話?」
「きのうの新聞、ごらんにならなかったんですか。日本のロックフェラー嬢って……」
 とうとう新聞に出たらしい。きのうあたりから、メードたちがみょうに興奮して、なにか言いたげだったが、それが原因だったのだと、サト子は理解した。
 ファッション・モデルのアルバイトに、テレビのスポット・モデルをしていたことがある。原板は捜せばどこにでもあるのだろうが、醤油の瓶を抱いている写真なんかだったら、あまり派手すぎておもしろくない。
「むかしから、新聞は読まない趣味なの……どんな写真でした?」
「すごいイヴニングを召して、笑っていらっしゃる写真でし
前へ 次へ
全139ページ中128ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング