こを出れば、すむんでしょうけど、残されたあたしは、どうなる? キレイな生活をするという、気持のハリがなくなって、またもとのショウバイにズリさがることになるんだわア……おねがい。あたしを、ひとりにしないで」
 サト子は、感動してシヅの手を握りしめた。
「あなたは、なんという、いいひとなんでしょう……ねえ、聞いてちょうだい。あたし、あなたに隠していることがあるの……あたし、仕事を捜しに行くといって、毎日、家を出るでしょう……でも、この一月ほどのあいだ、ぜんぜん仕事なんか捜していなかったのよ」
 サト子の告白は、シヅにも意外だったらしく、
「あら、そうだったの……こんなに精をだして仕事を追いかけて、ひとつも口がないなんて、変だと思っていたわ」
「ないはずよ、捜さないんですもの……天気のいい日は、公園のベンチで、雨の日は、画廊で絵を見たり……」
 シヅは、うれしそうに手を打ちあわした。
「いいわねえ……アクセク仕事を捜しまわるより、のんきにブラブラしていてくれるほうが、あたし、好きよ……もっとお金がはいるようになったら、あんたをほんとうのダンナサマにして、きれいな家で、贅沢《ぜいたく》をさせて遊ばせておくわ……いまのところ、それがあたしの理想なの」
 話が外れていきそうなので、サト子は、あわてて捻《ね》じもどした。
「待ってちょうだい……でもね、まるっきり、ぼんやりしていたわけでもないの……このひと月ほどのあいだ、公園のベンチで、これから、どんなふうに生きていこうかと、つくづくと考えていたの……どういうわけなのか、モデル・クラブのマネジャーは、あたしに仕事をくれたがらないのよ。いくど行っても、あなたは、もうすこし遊んでいらっしゃいっていうの」
「どうしたというのかしら」
「あたしにもわからないけど、それで、ガックリと行きあたったような気持になったの……生れつき、持ちあわした身体を、人体模型《マヌキャン》のかわりに売りこむほか、生きていくための技術なんか、なにひとつ身につけていないということ……これは、たれにしたって、恐ろしいことだわね。つまりは、ナマケモノの末路といったわけなんだから、あたしも考えちゃったわ……もっと、しっかりした生きかたをしないと、いずれ、たいへんなことになるだろうって……だから、あなたには悪いけど、このひと月ほど、モデル・クラブの事務所へは、いちども行っ
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