書いて出す者がなかったが、十年後の統計で見ると三十二万八千五百人の人が仏教徒と書き出した。これはインド人が自覚してきたからでありますが、結局自分の国で棄てたことを後悔している。聖徳太子が言われたように日本は大乗相応の地である、大乗に適応した国は日本であるというのであるが、聖徳太子が適応するように、率土の浜王土に非ざるなしという憲法を書き出されて、日本の組織と仏教の組織とを合一せしめられた方針が重きを為しているのだと思います。日本の文明は仏教によって完成したといって差支えないと思います。而して仏教というものを今日のように研究の上でも、信仰の上でも、組織の上でも十分に完全にしたというのは日本人だから出来たので、日本人はこの点にはよほど偉いところがある。何でも来る物はみな受けるというのなら道教などでもきていそうなものである。聖武天皇に向って唐の玄宗皇帝は道教の道士を送ってやろうということを何遍も言われたが、聖武天皇は道教は日本には要らないと仰せられた。また耶蘇教でももう少し日本の耶蘇教者が研究を重ねて、あんなふうな西洋式でなくやったら日本的耶蘇教が日本で出来たでしょうが、いつも西洋の耶蘇教の
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