る。少しずつ持ってきたのを翻訳した。後漢の時代から宋の時代までに、九百六十年間に百七十余人の学者が、その中にはシナ人もいるしインド人もおりますが、九百六十年の永の年月かかって翻訳したのであります。それを集めて見ると広大な一切経となり、経もあり、律もあり、論もあってあれだけの大部の物となりました。シナに持って来る時にこれは本当の物だと思っても嘘の物もあったかも知れない。シナに持ってきてから偽作した物もあるかも知れない。インドの偽作という物は尚更多いかも知れない。偽作があるからいけないということをいう人もあります。
 小乗の方の人はちゃんと決めたままそのままを持っているからこれが正しいこれが歴史的である、これが原始仏教的であり根本仏教であるといって非常に西洋人には評判が良かったのでありますが、私はそんなことは関係しない。仏に説かれて、それを守っておったのであるとしても、初めには文字がない時が四百年間もあった。どうせ説かれた通りであろう筈がない。それに偽作もあってこそ本当の思想も分りまた各時代の思想を見ることが出来る、偽作と偽作でないのとを比較区別するということが研究なので、本当の物だけであ
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