と思います。長老を「テーラ」といいますからこれに家の字を付けて寺家、今の寺家というのと同じことであったと信ずる。それと同じことであったと信ずる。それと同じ浮屠というのは仏のことでありますが、シナでフトというから、それに家を付けて浮屠家《ふとけ》といったのが「ほとけ」の名だと思います。そういうぐあいに、皿も梵語、幡も梵語である。閼伽(水)ももちろん梵語である、旦那も施主の意味で梵語である。そこにバラモンがおりましたので直接間接に教わったものと見ることが出来るのであります。萬葉集にこういう短歌がありますが、その意味は近頃まで解釈が出来なかった。
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バラモンの作れる小田をはむ烏
   まなぶたはれてはたほこに居り
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 この歌の意味が古人には分らなかった。バラモンが奈良朝に荘園を貰って田を作っていたということが分ればこれは何でもないことでありますが、そのバラモンの作った田をはむ烏までもバラモンの説教の感化を受けて、まなぶたはれて即ち涙を澪してはたほこに止っている、「ハタ」というのもインド語です。仏教の習慣では説法する時は法幢を建てるといって幡を立て
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