の長とならしめられた。そして開眼供養を行われる。東大寺の開基というのは聖武天皇とバラモン僧正、行基。行基は建った時には死んでおりますから、開眼供養には臨まなかったのですが、これも開山に加えられている。それからいま一人は行基の弟子で一番偉い良弁僧正、この四人が開基になっている。そういうふうに非常に用いられて、バラモン僧正は大安寺で、仏哲と同住して音楽を教え、梵語を教えた。仏哲の梵語の文典が徳川時代まであったことは確かでありますから、古い寺々を探しましたがどうしても見つからない。他書に見ゆる引文からどんなものであったかということは分ります。文典が残るくらいでありますから梵語を教えたということは確かであります。それから一切経の中から歌唱の文句を撰出して音楽の囀(歌詞)とするのは僧正の役で、これを舞楽に編み込み舞踊の型を作るのは仏哲の仕事であった。
 後には朝廷の音楽の中に「臨邑楽」というものを付け加えられそして盛んに教えられ、伎楽に代る舞楽全盛の時代となった。それが今日まで残っているのであります。こういうふうに音楽も教え梵語も教えてインド人、准インド人が奈良には居住しておったのであります。そ
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