来る途中であるというその人に出会ったのであります。
バラモン僧正は仏哲を見つけて、救い上げて様子を聞くと「俺は臨邑の者であるが真珠を取りに出ていて、舟が難破して困っている」と答えた。これからシナに文殊を尋ねて行くのであるが、同伴せぬか」といった。文殊菩薩がシナにいるという伝説が当時専らインドに弘まっていた。それでインドから文殊菩薩を尋ねて幾人もシナに向って来たのであった、バラモン僧正もその一人である。文殊菩薩の道場が五台山の大華厳寺である。仏哲は喜んで「それじゃ連れて行ってくれ」というので二人は同伴してシナに来て寧波あたりから上陸して五台山に登った。五台山はご承知の通り文殊の道場となっており、清凉山と稱しております。文殊というのは詳しくは文殊室利(マンジュシュリー)といいますが、満洲朝の興りましたのは満洲であるが、これは文殊菩薩の「マンジュ」から出たのである。それで清凉山の清の字を取って清国と名づけたというのであります。
清凉山は近頃まで仏教の中心とせられておったので、昔はたいへん盛んなものであったろうと思います。両人はそこに登って文殊を訪ねたところが気の利いた僧侶がおって「それは
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