代に一番盛んな所は真臘(チャンドラプーラ)という所で「月の城」というインド語であります。そのときのもう一つの中心は臨邑又は林邑といって、これは唐の時代には占波又は瞻波と称するに至った、チャンパもインドの地名である、これは新しい移住民がインドのチャンパという所から出て来たので、地名を改めたらしい、その前の名も「ルンミー」というのであるが、釋迦如来の生れた所がルンミーと申しますので、それを土語ではルンミーと申したのである。その音訳だと思います、正式の梵語では「ルンビニー」という地方で今にその古趾が残っております。今は「チャム」と云う人種が交趾に残っている、その辺から掘り出す物を見ますると、たいていインドの舎衛城であるとか、迦毘羅城であるとか、インドの名前が付いている。交趾シナあたりでは臨邑が一番北にありまして、チャム族であり、真臘(チャンプ)が南に在って今のカンボジャであります。
それからもう少し行くとアンコルワット寺である。これは近頃発掘して大変有名な所でありますが、山田長政など徳川時代の人が行って見た人が多い。そのとき柱に書いたものが近頃発掘されて日本人が行っておったということが分っ
前へ
次へ
全72ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高楠 順次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング