古のものは、河内高貴寺、大阪四天王寺、近江玉泉寺、京都百万遍知恩寺にある。大和法隆寺(御物)大和海竜王寺所蔵のものはこれに次ぎ、京都東寺、粟田口青蓮院、嵯峨清涼寺、坂本来迎寺所蔵のもの略これと同じく、また貝葉でなく紙本梵文にも逸品がある。三井園城寺大日経真言梵本一冊、河内金剛寺普賢行願讃一冊、高野山無量寿院大涅槃経一軸がある。いつか刊行したいと思っております、四天王寺に貝葉梵本があるという記録を見て寺に掛け合った所が「あるには相違ないが新しい物でとてもご参考にはならぬ」という返事がきた。それでも古い記録にあるからそれは大切な物に違いないと考えて行って見ますと、それがやはり最も古い四世紀頃の梵本である。そういうのがまだたくさんあるだろうと思いますが、今までに見つけ出した物だけでも以上の通りであります。字形でいったならば中央アジアで掘り出した物と文字の形が似ているから古物だということを何人も信じますが、日本だけにあった時にはこれはいつごろの物かも分らないし、真価も知れないのであります。こういう貴重品が日本に相当あるのであります。
 名前はお聞きになったこともあるでありましょうが善悪因果経という経がある。奈良朝時代に因果経の上部に絵が描いて色彩も麗わしく時価も非常に高いものがある。一枚が万金以上に価する。名宝展に久邇宮家の所蔵品が出されておりました。藤田男爵にも一枚、美術学校にも一葉あります。因果経という本は奈良朝にそれくらい行われておったにも係らずそれが一切経の中に入れてない。シナでは十五回も勅修があり、また十四回も印刷したのにこれが入れてないから、或いは日本で作ったものだというようなことを言っておったが、それが中央アジアで発掘されて全部が出土した。それが漢訳が全部出たのみならず胡語ソクデヤ(※[#「穴かんむり/卒」、第4水準2−83−16]利)の言語で翻訳した物が出た。ソクデヤというのはギリシャ人とペルシャ人と一緒になったような人種であります。西域に住んでおりましたが、その言葉に訳翻されている因果経である。日本の偽作と言われたが同一の物が漢語胡語に訳せられて、それが発掘されたというのは大変面白いことだと思います。

         七

 それから三階教という仏教の一派がシナにあった。これは仏教の異端であります。仏教を三階に分けて仏教の第一期は唯一乗教の時代、第二期は唯三乗教の時代で、一乗三乗峻別して通学通行せざる時代にて、機根の勝れたる時代に相応する教えである。第三階は大小の区別なく一般に遍く行われる教義である。早くいえば第一階は機根上等の人のみに行われる教義、第二階は機根中等の人に相応する教義である。両方とも別真別正の仏法であるが、第三階は凡一覧の区別なく普真普正の仏法で普法の佛教普行の宗旨である。これは親鸞聖人、日蓮聖人の教えと似たようなものでありますが、それが隋の時代から唐の時代に行われた。隋の信行禅師が唱え出して唐の時代にまで行われたのでありますが、唐の開元時代に厳禁せられて終に無くなってしまった。
 ところがその経巻が三十五部四十四巻あった。それはみなシナで焼き棄てられた。それでシナにはない訳であります。所が敦煌からこれが出て来た。それがイギリスの博物館、フランスの博物館に行っております。所がこれも日本の正倉院の正語蔵の中にだいぶある。それから宇治の興聖寺の一切経の中にもある。法隆寺の一切経の中にもある。それであるから法隆寺に一切経を読んだ日蓮聖人も、親鸞聖人も読んだのかも知れぬ。読んだ読まんは疑問として、シナで一部も無くって敦煌遺品から出た物と日本にある物とが同じである。三階教は私の刊行しつつある一切経の中に出しております。それからまた日本にのみあって非常に不審に思われておったことがあります。光明皇后が百万塔を作られた。百万塔を作られたその中に入れられた小経は慥に版になっております。それは活版であるとか、活字にして木版か、銅版か、説も分れておりますが、とにかく版本であります。これは世界最古の版本であります。どこにも例のないことである。日本だけがどうしてそんなに古く刊行法を発明したのだろうか、随分疑問とせられたものでありますが、中亜の発掘でこれよりは遅いけれども掘り出した版本があった。百万塔の版経が一番古い物であるということは変りませぬが、それから僅か遅れた物が掘り出されたのでありますから、日本独特の物でなく、版行の方法は東亜には発見されておったということは知り得るのであります。

         八

 それから学問としての仏教でありますが、倶舎(実在論)唯識(理想論)というような類、そういう類の註釈というものが仏教研究には大事なものでありますが、これは多くはシナで述作せられたものがシナには殆どなくなった。で赤
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