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林―原語にて「欲」の義を有す。
株―原語にて「愛」の義あり。
無林―涅槃と音近し。
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二八四 男子が女人に於て最少の愛あるも此を斷たざる間は其の意繋縛せらる、乳を飮む犢子の母に於けるが如し。
二八五 己の愛を斷て、秋の蓮を手にて(斷つが)如く、寂の道を養へ、善逝涅槃を説く。

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寂の道―涅槃に到る方便。
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二八六 秋には我れ此處に住まるべし、冬に亦夏には此處に(住まるべし)、斯く愚者は思惟して死(の到る)を覺らず。

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此處―現在世界を指す。
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二八七 子孫と家畜に狂醉し執著する人を死は捕へ去る、暴流が眠れる村を(漂はす)如く。
二八八 子も救ふ能はず、父も亦友も親戚も救ひ得じ、死に捕はれたるものを。
二八九 此の義理を解りて、智者は、戒を護り、疾く涅槃に到る道を淨めよ。
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    第二十一 雜の部

二九〇 微劣なる樂を棄てたるがため廣大なる樂を得るものとせば、賢人は廣大の樂を見て微劣の樂を棄つるべし。
二九一 他人を苦しめて己の樂を求むる人は怨憎の混亂中に沒在して怨憎を脱することなし。
二九二 若し所應作を忽にし、又不應作を爲し、貢慢放逸なるときは其の人には心の穢れは増長す。
二九三 人若し常に善く勤めて身を念ずれば不應作を作さず、斷えず所應作を作し、正しく、正知にして心の穢れ盡く。
二九四 母と父とを殺し、又二王を害し、國及び隨行を誅し、婆羅門は害なく過ぐ。

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母―愛の喩。
父―我ありと想ふ慢の喩。
二王―斷常二見の喩。
國―十二處の喩、眼、耳、鼻、舌、身、意、色、聲、香、味、觸、法の十二は精神作用を起し働かしむる基礎なれば此を處と云ふ。
隨行―喜貪の喩。
害無く過ぐ―損害を受くること無く通過し去る。
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二九五 母と父と及び二の婆羅門王を逆害し、虎第五怨を除き、婆羅門は害なく過ぐ。

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二の婆羅門王―斷常二見の喩。
虎第五怨―五蓋の喩、肉慾、貪瞋、※[#「りっしんべん+昏」、第4水準2−12−54]眠、(沈滯)掉悔、(躁動)疑の五は心の明朗を覆障して蓋《かさ》の如くなれば蓋と名づく、虎は五蓋中の第五蓋に喩ふ、虎第五怨は「虎を第五とせるもの」の義なり。以上の注釋の義、北方所傳は發智論第二十に出づ、少しく異あり。
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二九六 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等は晝も夜も常に佛を念ず。

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瞿曇―釋巧の姓なり。
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二九七 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等は晝も夜も常に法を念ず。
二九八 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等は晝も夜も常に僧を念ず。
二九九 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等は晝も夜も常に身を念ず。
三〇〇 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等の意は晝も夜も不害を樂ふ。
三〇一 瞿曇の弟子は恆に善く醒めて覺る、彼等の意は晝も夜も心の安定を樂ふ。
三〇二 出家すること難し、(出家の行を)樂ふこと難し、家は住すること難くして苦なり、同輩と共に住すること苦なり、人老ゆれば苦に隨はる、故に人は老いざるを希へ、亦苦に隨はれざるを希へ。
三〇三 信あり、戒を具へ、譽と財とを具ふれば到る處として供養せられざることなし。
三〇四 善人は雪山《ひまらや》の如く遠處にても顯はる、不善人は近くに在りても見られず、夜に放てる箭の如し。
三〇五 獨り一坐一臥を行じて倦まず、獨り己を調へ、林の中に(在る如く寂靜を)樂むべし。
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    第二十二 地獄の部

三〇六 不實を語るものは地獄に墮す、或は(自ら惡を)作して我作さずと言ふものも(地獄に墮す)、此兩人は死して後等しく他世に於て賤業の人となる。

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死して後―地獄にて命終して後のことならん。
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三〇七 肩に袈裟を纏ふものの多くは惡を行ひ節制なし、(斯かる)惡人は惡業に因りて地獄に墮す。
三〇八 破戒無節制にして國民の施物を受用せんよりは寧ろ火焔の如く灼熱せる鐵丸を食ふべし。
三〇九 放逸にして他人の婦を犯す人は四事に逢ふ、善からざる名の揚ること、臥して不快なること、第三には毀呰と、第四には地獄なり。
三一〇 彼はよからざる名を得、又惡趣に墮す、而して(自ら)畏れて畏れたる(婦人)と樂むは寡《すく》なく、又王は重刑を科す、故に人は他人の婦に狎れ親む可らず。
三一一 譬へば茅草を執るに(其の方)惡しければ手を傷つくが如く、勤苦も惡用せられなば人を地獄に引き入る。
三一二 作業怠慢に、所守雜染に、梵行嫌疑あるは(何れも)大果を得ず。
三一三 應に作すべきものは是を爲せ、勇健に此を行へ、疎漫なる外道は寧ろ多く塵を揚ぐ。
三一四 惡行は爲さざるを可とす、惡行は後に惱を招く、善行は爲さるゝを可とす、爲して後悔なし。
三一五 邊境の城は内外倶に守るが如く己を護れ、須臾も忽にすべからず。
三一六 邪見を懷き、羞づべからざるを羞ぢ、羞づべきに羞ぢざる有情は惡趣に生る。
三一七 邪見を懷き、畏るべからざるに畏を見、又畏るべきに畏を見ざる有情は惡趣に生る。
三一八 邪見を懷き、避くべからざるに避くべしと謂ひ、又避くべきを避くべからずと見る有情は惡趣に生る。
三一九 生見を懷き、避くべきを避くべきと知り、又避くべからざるを避くべからずと知る有情は善趣に生る。
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    第二十三 象の部

三二〇 象が戰場に於て弓より離れたる箭を忍ぶが如く、我は(人の)誹謗を忍ばん、多くの人は破戒者なれば。
三二一 調《をさ》められたる(象は人是を)戰場に導き、調められたる(象)は王の乘る所となる。能く(自ら)調めて誹謗を忍ぶは人中の最上なり。
三二二 調められたる騾も好し、信度産の良馬も良し、大牙を有せる象も好し、己を調めたる人は更に好し。

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信度―インダス河のこと、此の地方より良馬を産すと云ふ。
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三二三 此等の獸類に由りては決して未到の處に到るを得じ、唯調めたる人が(己を)調め、善く己を調めてのみ往くべし。

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未到の處―涅槃を指す。
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三二四 陀那波羅柯と名づくる象は醉狂して制し難く、此を縛すれば食せず、(此の)象は(唯)象の林を顧念す。
三二五 睡眠を好み、饕餮に、心昧劣にして、展轉して寢ね、穀類に肥えたる大豚の如き暗鈍者は數《しば》しば胞胎に入る。

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饕餮《たうてつ》―貪り食ふこと。
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三二六 此の心は前には好む所に行けり、欲に隨つて、樂に應じて、(されど)今は我、此を全く制御せん、鉤を執る人が醉象を(制御するが)如くに。

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醉象―象は交尾期に至れば躁暴となり宛も醉狂せるが如し、故に此の時期に於ける象を醉象と名づく。
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三二七 汝等不放逸を樂め、自心を護れ、難處より己を救へ、淤泥に溺れたる象の如くに。

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難處―煩惱の離れ難きを喩ふ。
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三二八 人若し賢善にして行を同じくし、正しくふるまひ、堅固なる友を得ば、諸の險難を侵して歡こんで正念に彼と倶に行くべし。
三二九 人若し賢善にして行を同じくし、正しくふるまひ、堅固なる友を得ずんば、王が亡ぼされたる國を棄つるが如く、獨り行くべし、林中の象の如く。
三三〇 寧ろ獨り行くを善しとす、愚者と侶なる勿れ、獨り行きて惡を爲さざれ、少欲にして、林中の象の如く。
三三一 友は事の起るとき樂なり、滿足は總て樂なり、福は生の盡るとき樂なり、一切苦の斷滅は樂なり。

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事の起るとき―友は福あれば助けて此を求め、禍あれば助けて此を避くるを以てなり。
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三三二 世に母性あるは樂なり、父性あるも亦樂なり、世に沙門の性あるは樂なり、婆羅門の性あるも亦樂なり。

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母性―「母と云ふもの」の義。
父性―「父と云ふもの」の義。
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三三三 戒を持して老に至るは樂なり、信の堅く立つは樂なり、慧を得るは樂なり、諸惡不作は樂なり。
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    第二十四 愛欲の部

三三四 放逸なる人の愛欲は摩魯婆の如く滋茂す、彼は有より有に漂ふ、林中に果を求むる猴の如し。

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摩魯婆―蔓草の名。
有―變化的生存。
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三三五 世に於て猛利なる愛欲に伏せらるゝ人は諸の憂患盛に増長す、茂れる毘羅拏草の如し。
三三六 人あり世に於て此の猛利にして脱れ難き愛欲を能く伏すれば憂患彼を去る、水の滴りが荷葉より(落るが)如し。
三三七 是に由て我汝等に誨ゆ、此處に來會せる者は悉く愛欲の根を掘れ、優尸羅を求むる人は毘羅拏草を(掘るが如く)、以て流れが葦を(穿つが)如く魔羅をして數しば汝等を壞《やぶ》らざらしめよ。

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優尸羅―香菜と譯す。冷藥の名。
摩羅―煩惱、蘊、(因縁積集して成れるもの)死の魔を指す。
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三三八 根侵されずして堅固なれば樹は截らると雖も復た長ずるが如く、是の如く愛欲隨眠壞られざれば、此の(生死の)苦復た起る。
三三九 若し人に可意の物に於て漏泄する強き三十六駛流あれば、貪愛より發する分別の浪は其の惡見者を漂蕩す。

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三十六駛流―六境の愛を六とし、之を欲(感覺)、有(生存)、無有(斷滅)の三に乘じて十八とす、此の十八を更に内に依る愛分別と外に依る愛分別との二とし三十六となる。
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三四〇 流恆に漏泄し、蔓長へに萌す、蔓の生ずるを見れば慧を以て其根を斷て。
三四一 人の喜悦は流漫《ひろがり》して且つ愛著せらる、斯かる人は歡に耽り、樂を求め、生と老と(病と死と)を受く。
三四二 渇愛に驅使せらるゝ人は兎の※[#「罘」の「不」に代えて「且」、89−9]《わな》に係つて走るが如し、結と著とに縛せられて數しば長時の苦を受く。
三四三 渇愛に驅使せらるゝ人は兎の※[#「罘」の「不」に代えて「且」、89−11]に係つて走るが如し、故に比丘は己の離染を求めて渇愛を除遣せよ。
三四四 人あり(在家の)林を出でて(行者の住處なる)林に心を委ね、(在家愛欲の)林を脱して復《また》(愛欲の)林に趣くときは、見よ、此の人は是れ已に解脱して再び縛を求むるなり。
三四五 鐵、木、又は草の縛を賢人は堅固なりと謂はず、珠、環、妻、子に於ける染著顧戀は、
三四六 重く、緩く、脱れ難ければ賢人は此を堅き縛と謂ふ、(彼等は)顧慮なく此を切り欲樂を斷ちて遍歴す。
三四七 貪に著する人は自ら造れる流に沿うて行く、蜘蛛が(自ら造れる線に沿うて行くが)如く、賢人は顧慮なく此を切り、欲を斷ちて遊行す。
三四八 汝は有の際を窮めて、先を離れ、中を離れ、後を離れ、意一切處に於て解脱し、再び生と老と(死と)を受けじ。

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先、中、後―過去、現在、未來三世の蘊に於ける愛欲を指す。
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三四九 尋思に擾亂せられ、貪猛利にして、生活に樂を求むる人の愛欲は倍《ますま》す増長す、彼は眞に縛を堅うす。
三五〇 尋思の寂靜を樂ひ、恆に熟慮し不淨を觀ずる人は必ず魔の縛を滅せん、彼は(魔の縛を)斷たん。
三五一 究竟に到りて懼れず、愛を離れて罪垢なく、有の箭の斷つ是れ最後の身なり。
三五二 愛欲を離れ、取なく、詞の訓釋に通達し、字の合集と(字の)前後とを知る人あらば、其の人こそ最後身を有する大慧者と謂はる。

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字の前後を知る―初の字を聞けば中と後の字は之を聞かざるも此を了解し、後の字を聞けば初と中との字を聞かざるも此を了解し、中の字を聞けば初と後
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