と遠し。
二五四 虚空に(鳥の)跡なく、外道に沙門なく、愚夫は戲論を樂ふ、如來に戲論なし。
二五五 虚空に(鳥の)跡なく、外道に沙門なく、有爲に常住なく、佛陀に動亂なし。
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有爲―總ての集合體を云ふ。
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第十九 住法の部
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住法―正義。
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二五六 輕卒に公事を裁斷するは正しきに非ず、智者は實義と不實義との兩面を辨へよ。
二五七 暴威を用ゐず、公平に他を導き、正義を守り聰明なり、(是れ)住法者と謂はる。
二五八 多く説くのみにては智者に非ず、穩かに、憎みなく、畏れなきは智者と謂はる。
二五九 多く説くのみにては持法者ならず、若し少法を聞きても、之を身に履修すれば、實に持法者なり、彼は法を忽にせず。
二六〇 頭髮白ければとて長老ならず、彼の齡熟し空しく老いたりと謂ふべきのみ。
二六一 人若し諦《まこと》と法と不害と禁戒と柔善とあれば、彼こそ已に垢を吐きたる聰き長老と謂はる。
二六二 唯言説のみに由り、又は顏色の美しきに由り、嫉妬、慳悋、諂曲の人は善人とならず。
二六三 人若し此等を斷ち、根絶し、全く害すれば、已に過失を吐ける聰き善人と謂はる。
二六四 頭を剃ると雖も無戒にして妄語すれば沙門に非ず、欲貪を具ふるもの如何ぞ沙門ならん。
二六五 人若し※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]細一切の罪過を止むれば、罪過の止息せるがため沙門と謂はる。
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沙門―勤勞又は行者の義なれども、其音又「止息」の義に通ずるを以て斯く言ふ。
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二六六 他に乞ふのみにては比丘ならず、一切の所應行を服膺するのみにては比丘ならず。
二六七 人若し現世に於て罪福を離れて淨行に住し、愼重にして世を行けば眞の比丘と謂はる。
二六八 愚昧無智なれば寂默に住すと雖も牟尼(寂默)ならず、智者は衡を執るが如く、善を取り、
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寂默―無言の戒。
牟尼―寂默の義又は賢人の義、寂默と牟尼と音通ずるを以て斯く言ふ。
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二六九 惡を避くれば、此の牟尼こそ眞の寂默なれ、人若し世に於て(善惡の)兩《ふたつ》を量れば夫に由つて牟尼と謂はる。
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量る―この語も、牟尼と音相通ずれ
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