か、意識《いしき》と意旨《いし》とがある。が、作用《さよう》には何《なに》もない。死《し》に對《たい》して恐怖《きようふ》を抱《いだ》く臆病者《おくびやうもの》は、左《さ》の事《こと》を以《もつ》て自分《じぶん》を慰《なぐさ》める事《こと》が出來《でき》る。即《すなは》ち彼《か》の體《たい》を將來《しやうらい》、草《くさ》、石《いし》、蟇《ひきがへる》の中《うち》に入《い》つて、生活《せいくわつ》すると云《い》ふ事《こと》を以《もつ》て慰《なぐさ》むることが出來《でき》る。
『其《そ》れとも物質《ぶつしつ》の變換《へんくわん》……物質《ぶつしつ》の變換《へんくわん》を認《みと》めて、直《すぐ》に人間《にんげん》の不死《ふし》と爲《な》すと云《い》ふのは、恰《あだか》も高價《かうか》なヴアイオリンが破《こは》れた後《あと》で、其明箱《そのあきばこ》が換《かは》つて立派《りつぱ》な物《もの》となると同《おな》じやうに、誠《まこと》に譯《わけ》の解《わか》らぬ事《こと》である。』
 時計《とけい》が鳴《な》る。アンドレイ、エヒミチは椅子《いす》の倚掛《よりかゝり》に身《み》を投《な》げて、眼《め》を閉《と》ぢて考《かんが》へる。而《さう》して今《いま》讀《よ》んだ書物《しよもつ》の中《うち》の面白《おもしろ》い影響《えいきやう》で、自分《じぶん》の過去《くわこ》と、現在《げんざい》とに思《おもひ》を及《およぼ》すのであつた。
『過去《くわこ》は思出《おもひだ》すのも不好《いや》だ、と云《い》つて、現在《げんざい》も亦《また》過去《くわこ》と同樣《どうやう》ではないか。』
と、彼《かれ》は其《そ》れから患者等《くわんじやら》のこと、不潔《ふけつ》な病室《びやうしつ》の中《うち》に苦《くる》しんでゐること、杯《など》を思《おも》ひ起《おこ》す。『未《ま》だ眠《ねむ》らないで南京蟲《なんきんむし》と戰《たゝか》つてゐる者《もの》も有《あ》らう、或《あるひ》は強《つよ》く繃帶《はうたい》を締《し》められて惱《なや》んで呻《うな》つてゐる者《もの》も有《あ》らう、又《また》或《あ》る患者等《くわんじやら》は看護婦《かんごふ》を相手《あいて》に骨牌遊《かるたあそび》を爲《し》てゐる者《もの》も有《あ》らう、或《あるひ》はヴオツカを呑《の》んでゐる者《もの》も有《あ》らう、病院《びやうゐん》の事業《じげふ》は總《すべ》て二十|年前《ねんまへ》と少《すこ》しも變《かは》らぬ。窃盜《せつたう》、姦淫《かんいん》、詐欺《さぎ》の上《うへ》に立《た》てられてゐるのだ。であるから、病院《びやうゐん》は依然《いぜん》として、町《まち》の住民《ぢゆうみん》の健康《けんかう》には有害《いうがい》で、且《か》つ不徳義《ふとくぎ》なものである。』
と、彼《かれ》は思《おも》ひ來《きた》り、更《さら》に又《また》彼《か》の六|號室《がうしつ》の鐵格子《てつがうし》の中《なか》で、ニキタが患者等《くわんじやら》を打毆《なぐ》つてゐる事《こと》、モイセイカが町《まち》に行《い》つては、施《ほどこし》を請《こ》ふてゐる姿《すがた》などを思《おも》ひ出《だ》す。
 其《そ》れより又《また》彼《かれ》は醫學《いがく》の此《こ》の近《ちか》き二十五|年間《ねんかん》に於《おい》て、如何《いか》に長足《ちやうそく》の進歩《しんぽ》を爲《な》したかと云《い》ふ事《こと》を考《かんが》へ初《はじ》める。
『自分《じぶん》が大學《だいがく》にゐた時分《じぶん》は、醫學《いがく》も猶且《やはり》、錬金術《れんきんじゆつ》や、形而上學《けいじゝやうがく》などと同《おな》じ運命《うんめい》に至《いた》るものと思《おも》ふてゐたが、實《じつ》に驚《おどろ》く可《べ》き進歩《しんぽ》である。大革命《だいかくめい》とも名《なづ》けられる位《くらゐ》だ、防腐法《ばうふはふ》の發明《はつめい》によつて、大家《たいか》のピロウゴフさへも、到底《たうてい》出來得《できう》べからざる事《こと》を認《みとめ》てゐた手術《しゆじゆつ》が、容易《たやす》く遣《や》られるやうにはなつた。今《いま》では腹部截開《ふくぶせつかい》の百|度《たび》の中《うち》、死《し》を見《み》ることは一|度位《どぐらゐ》なものである。梅毒《ばいどく》も根治《こんぢ》される、其他《そのた》遺傳論《ゐでんろん》、催眠術《さいみんじゆつ》、パステルや、コツホなどの發見《はつけん》、衞生學《ゑいせいがく》、統計學《とうけいがく》などは奈何《どう》であらう……。』
 我々《われ/\》ロシヤの地方團體《ちはうだんたい》の醫術《いじゆつ》は如何《どう》であらうか、先《ま》づ精神病《せいしんびやう》に就《つ》いて云《い》ふならば、現今《げんこん》の病氣
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