い》人間《にんげん》は自分《じぶん》の意旨《いし》に反《はん》して、或《あるひ》は偶然《ぐうぜん》な事《こと》の爲《ため》に、無《む》から生活《せいくわつ》に喚出《よびだ》されたものであるのです……。』
『其《そ》れは眞實《まつたく》です。』
と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは云《い》ふ。
アンドレイ、エヒミチは依然《やはり》相手《あひて》の顏《かほ》を見《み》ずに、知識《ちしき》ある者《もの》の話計《はなしばか》りを續《つゞ》ける、ミハイル、アウエリヤヌヰチは注意《ちゆうい》して聽《き》いてゐながら『其《そ》れは眞實《まつたく》です。』と、其《そ》れ計《ばか》りを繰返《くりかへ》してゐた。
『然《しか》し君《きみ》は靈魂《れいこん》の不死《ふし》を信《しん》じなさらんのですか?』
と俄《にはか》にミハイル、アウエリヤヌヰチは問《と》ふ。
『いや、ミハイル、アウエリヤヌヰチ、信《しん》じません、信《しん》じる理由《りいう》が無《な》いのです。』と、院長《ゐんちやう》は云《い》ふ。
『實《じつ》を申《まを》すと私《わたし》も疑《うたが》つてゐるのです。然《しか》し尤《もつと》も、私《わたくし》は或時《あるとき》は死《し》なん者《もの》のやうな感《かんじ》もするですがな。其《そ》れは時時《とき/″\》恁《か》う思《おも》ふ事《こと》があるです。
這麼老朽《こんならうきう》な體《からだ》は死《し》んでも可《い》い時分《じぶん》だ、とさう思《おも》ふと、忽《たちま》ち又《また》何《なん》やら心《こゝろ》の底《そこ》で聲《こゑ》がする、氣遣《きづか》ふな、死《し》ぬ事《こと》は無《な》いと云《い》つて居《ゐ》るやうな。』
九|時《じ》少《すこ》し過《す》ぎ、ミハイル、アウエリヤヌヰチは歸《かへ》らんとて立上《たちあが》り、玄關《げんくわん》で毛皮《けがは》の外套《ぐわいたう》を引掛《ひつか》けながら溜息《ためいき》して云《い》ふた。
『然《しか》し我々《われ/\》は隨分酷《ずゐぶんひど》い田舍《ゐなか》に引込《ひつこ》んだものさ、殘念《ざんねん》なのは、這麼處《こんなところ》で往生《わうじやう》をするのかと思《おも》ふと、あゝ……。』
(七)
親友《しんいう》を送出《おくりだ》して、アンドレイ、エヒミチは又《また》讀書《どくしよ》を初《はじ》めるのであつた。夜《よる》は靜《しづか》で何《なん》の音《おと》も爲《せ》ぬ。時《とき》は留《とゞま》つて院長《ゐんちやう》と共《とも》に書物《しよもつ》の上《うへ》に途絶《とだ》えて了《しま》つたかのやう。此《こ》の書物《しよもつ》と、青《あを》い傘《かさ》を掛《か》けたランプとの外《ほか》には、世《よ》に又《また》何物《なにもの》も有《あ》らぬかと思《おも》はるる靜《しづ》けさ。院長《ゐんちやう》の可畏《むくつけ》き、無人相《ぶにんさう》の顏《かほ》は、人智《じんち》の開發《かいはつ》に感《かん》ずるに從《したが》つて、段々《だん/\》と和《やはら》ぎ、微笑《びせう》をさへ浮《うか》べて來《き》た。
『あゝ、奈何《どう》して、人《ひと》は不死《ふし》の者《もの》では無《な》いか。』
と、彼《かれ》は考《かんが》へてゐる。『腦髓《なうずゐ》や、視官《しくわん》、言語《げんご》、自覺《じかく》、天才《てんさい》などは、終《つひ》には皆《みな》土中《どちゆう》に入《はひ》つて了《しま》つて、旋《やが》て地殼《ちかく》と共《とも》に冷却《れいきやく》し、何百萬年《なんびやくまんねん》と云《い》ふ長《なが》い間《あひだ》、地球《ちきう》と一|所《しよ》に意味《いみ》もなく、目的《もくてき》も無《な》く廻《まは》り行《ゆ》くやうになるとなれば、何《なん》の爲《ため》に這麼物《こんなもの》が有《あ》るのか……。』冷却《れいきやく》して後《のち》、飛散《ひさん》するとすれば、高尚《かうしやう》なる殆《ほとん》ど神《かみ》の如《ごと》き智力《ちりよく》を備《そな》へたる人間《にんげん》を、虚無《きよむ》より造出《つくりだ》すの必要《ひつえう》はない。而《さう》して恰《あたか》も嘲《あざけ》るが如《ごと》くに、又《また》人《ひと》を粘土《ねんど》に化《くわ》する必要《ひつえう》は無《な》い。あゝ物質《ぶつしつ》の新陳代謝《しんちんたいしや》よ。然《しかし》ながら不死《ふし》の代替《だいたい》を以《もつ》て、自分《じぶん》を慰《なぐさ》むると云《い》ふ事《こと》は臆病《おくびやう》ではなからうか。自然《しぜん》に於《おい》て起《おこ》る所《ところ》の無意識《むいしき》なる作用《さよう》は、人間《にんげん》の無智《むち》にも劣《おと》つてゐる。何《なん》となれば、無智《むち》には幾分《いくぶん》
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