《びやうき》の類別法《るゐべつはふ》、診斷《しんだん》、治療《ちれう》の方法《はうはふ》、共《とも》に皆是《みなこれ》を過去《くわこ》の精神病學《せいしんびやうがく》と比較《ひかく》するならば、其《そ》の差《さ》はエリボルスの山《やま》の如《ごと》き高大《かうだい》なるものである。現今《げんこん》では精神病者《せいしんびやうしや》の治療《ちれう》に冷水《れいすゐ》を注《そゝ》がぬ、蒸暑《むしあつ》きシヤツを被《き》せぬ、而《さう》して人間的《にんげんてき》に彼等《かれら》を取扱《とりあつか》ふ、即《すなは》ち新聞《しんぶん》に記載《きさい》する通《とほ》り、彼等《かれら》の爲《ため》に、演劇《えんげき》、舞踏《ぶたふ》を催《もよほ》す。
 彼《かれ》は又《また》恁《か》く思考《かんが》へた。
 現時《げんじ》の見解《けんかい》及《およ》び趣味《しゆみ》を見《み》るに、六|號室《がうしつ》の如《ごと》きは、誠《まこと》に見《み》るに忍《しの》びざる、厭惡《えんを》に堪《た》へざるものである。恁《かゝ》る病室《びやうしつ》は、鐵道《てつだう》を去《さ》ること、二百|露里《ヴエルスタ》の此《こ》の小都會《せうとくわい》に於《おい》てのみ見《み》るのである。即《すなは》ち此所《こゝ》の市長《しちやう》並《ならび》に町會議員《ちやうくわいぎゐん》は皆《みな》生物知《ゝまものし》りの町人《ちやうにん》である、であるから醫師《いし》を見《み》ることは神官《しんくわん》の如《ごと》く、其《そ》の言《い》ふ所《ところ》を批評《ひゝやう》せずして信《しん》じてゐる。例《たと》へば、溶解《ようかい》せる鉛《なまり》を口《くち》に入《い》るゝとも、少《すこ》しも不思議《ふしぎ》には思《おも》はぬであらう。が、若《も》し是《これ》が他《た》の所《ところ》に於《おい》ては如何《どう》であらうか、公衆《こうしゆう》と、新聞紙《しんぶんし》とは必《かなら》ず此《かく》の如《ごと》き監獄《バステリヤ》は、とうに寸斷《すんだん》にして了《しま》つたであらう。
『然《しか》し其《そ》れが奈何《どう》である。』
と、彼《かれ》はパツと眼《め》を開《ひら》いて自《みづか》ら問《と》ふた。
『防腐法《ばうふはう》だとか、コツホだとか、パステルだとか云《い》つたつて、實際《じつさい》に於《おい》ては世《よ》の中《なか》は少《すこ》しも是迄《これまで》と變《かは》らないでは無《な》いか、病氣《びやうき》の數《すう》も、死亡《しばう》の數《すう》も、瘋癲患者《ふうてんくわんじや》の爲《ため》だと云《い》つて、舞踏會《ぶたふくわい》やら、演藝會《えんげいくわい》やらが催《もよほ》されるが、然《しか》し彼等《かれら》をして全《まつた》く開放《かいはう》することは出來《でき》ないでは無《な》いか。而《し》て見《み》れば、何《なん》でも皆《みな》空《むな》しい事《こと》だ、ヴインナの完全《くわんぜん》な大學病院《だいがくびやうゐん》でも、我々《われ/\》の此《こ》の病院《びやうゐん》と少《すこ》しも差別《さべつ》は無《な》いのだ。
 然《しか》し俺《おれ》は有害《いうがい》な事《こと》に務《つと》めてると云《い》ふものだ、自分《じぶん》の欺《あざむ》いてゐる人間《にんげん》から給料《きふれう》を貪《むさぼ》つてゐる、不正直《ふしやうぢき》だ、然《け》れども俺《おれ》其者《そのもの》は至《いた》つて微々《びゞ》たるもので、社會《しやくわい》の必然《ひつぜん》の惡《あく》の一|分子《ぶんし》に過《す》ぎぬ、總《すべ》て町《まち》や、郡《ぐん》の官吏共《くわんりども》でも皆《みな》詰《つま》り無用《むよう》の長物《ちやうぶつ》だ。唯《た》だ給料《きふれう》を貪《むさぼ》つてゐるに過《す》ぎん……而《さう》して見《み》れば不正直《ふしやうぢき》の罪《つみ》は、敢《あへ》て自分計《じぶんばか》りぢや無《な》い、時勢《じせい》に有《あ》るのだ、もう二百|年《ねん》も晩《おそ》く自分《じぶん》が生《うま》れたなら、全然《まるで》別《べつ》の人間《にんげん》で有《あ》つたかも知《し》れぬ。』
 三|時《じ》が鳴《な》る、彼《かれ》はランプを消《け》して寐室《ねべや》に行《い》つた。が、奈何《どう》しても睡眠《ねむり》に就《つ》くことは出來《でき》ぬのであつた。

       (八)

 二|年《ねん》此方《このかた》、地方自治體《ちはうじちたい》はやう/\饒《ゆたか》になつたので、其管下《そのくわんか》に病院《びやうゐん》の設立《たて》られるまで、年々《ねん/\》三百|圓《ゑん》づつを此《こ》の町立病院《ちやうりつびやうゐん》に補助金《ほじよきん》として出《だ》す事《こと》となり、病院《びやうゐん
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