られた寐臺《ねだい》が數脚《すうきやく》。其上《そのうへ》には青《あを》い病院服《びやうゐんふく》を着《き》て、昔風《むかしふう》に頭巾《づきん》を被《かぶ》つてゐる患者等《くわんじやら》が坐《すわ》つたり、寐《ね》たりして、是《これ》は皆《みんな》瘋癲患者《ふうてんくわんじや》なのである。患者《くわんじや》の數《すう》は五|人《にん》、其中《そのうち》にて一人丈《ひとりだけ》は身分《みぶん》のある者《もの》であるが他《た》は皆《みな》卑《いや》しい身分《みぶん》の者計《ものばか》り。戸口《とぐち》から第《だい》一の者《もの》は、瘠《や》せて脊《せ》の高《たか》い、栗色《くりいろ》に光《ひか》る鬚《ひげ》の、眼《め》を始終《しゞゆう》泣腫《なきは》らしてゐる發狂《はつきやう》の中風患者《ちゆうぶくわんじや》、頭《あたま》を支《さゝ》へて凝《ぢつ》と坐《すわ》つて、一つ所《ところ》を瞶《みつ》めながら、晝夜《ちうや》も別《わ》かず泣《な》き悲《かなし》んで、頭《あたま》を振《ふ》り太息《といき》を洩《もら》し、時《とき》には苦笑《にがわらひ》をしたりして。周邊《あたり》の話《はなし》には稀《まれ》に立入《たちい》るのみで、質問《しつもん》をされたら决《けつ》して返答《へんたふ》を爲《し》たことの無《な》い、食《く》ふ物《もの》も、飮《の》む物《もの》も、與《あた》へらるゝまゝに、時々《とき/″\》苦《くる》しさうな咳《せき》をする。其頬《そのほゝ》の紅色《べにいろ》や、瘠方《やせかた》で察《さつ》するに彼《かれ》にはもう肺病《はいびやう》の初期《しよき》が萠《き》ざしてゐるのであらう。
 其《それ》に續《つゞ》いては小體《こがら》な、元氣《げんき》な、頤鬚《あごひげ》の尖《とが》つた、髮《かみ》の黒《くろ》いネグル人《じん》のやうに縮《ちゞ》れた、些《すこ》しも落着《おちつ》かぬ老人《らうじん》。彼《かれ》は晝《ひる》には室内《しつない》を窓《まど》から窓《まど》に往來《わうらい》し、或《あるひ》はトルコ風《ふう》に寐臺《ねだい》に趺《あぐら》を坐《か》いて、山雀《やまがら》のやうに止《と》め度《ど》もなく囀《さへづ》り、小聲《こゞゑ》で歌《うた》ひ、ヒヽヽと頓興《とんきよう》に笑《わら》ひ出《だ》したり爲《し》てゐるが、夜《よる》に祈祷《きたう》をする時《とき》でも
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