、猶且《やはり》元氣《げんき》で、子供《こども》のやうに愉快《ゆくわい》さうにぴん/\してゐる。拳《こぶし》で胸《むね》を打《う》つて祈《いの》るかと思《おも》へば、直《すぐ》に指《ゆび》で戸《と》の穴《あな》を穿《ほ》つたりしてゐる。是《これ》は猶太人《ジウ》のモイセイカと云《い》ふ者《もの》で、二十|年計《ねんばか》り前《まへ》、自分《じぶん》が所有《しよいう》の帽子製造場《ばうしせいざうば》が燒《や》けた時《とき》に、發狂《はつきやう》したのであつた。
六|號室《がうしつ》の中《うち》で此《こ》のモイセイカ計《ばか》りは、庭《には》にでも町《まち》にでも自由《じいう》に外出《でる》のを許《ゆる》されてゐた。其《そ》れは彼《かれ》が古《ふる》くから病院《びやうゐん》にゐる爲《ため》か、町《まち》で子供等《こどもら》や、犬《いぬ》に圍《かこ》まれてゐても、决《けつ》して他《た》に何等《なんら》の害《がい》をも加《くは》へぬと云《い》ふ事《こと》を町《まち》の人《ひと》に知《し》られてゐる爲《ため》か、左《と》に右《かく》、彼《かれ》は町《まち》の名物男《めいぶつをとこ》として、一人《ひとり》此《こ》の特權《とくけん》を得《え》てゐたのである。彼《かれ》は町《まち》を廻《まは》るに病院服《びやうゐんふく》の儘《まゝ》、妙《めう》な頭巾《づきん》を被《かぶ》り、上靴《うはぐつ》を穿《は》いてる時《とき》もあり、或《あるひ》は跣足《はだし》でヅボン下《した》も穿《は》かずに歩《ある》いてゐる時《とき》もある。而《さう》して人《ひと》の門《かど》や、店前《みせさき》に立《た》つては一|錢《せん》づつを請《こ》ふ。或《ある》家《いへ》ではクワスを飮《の》ませ、或《ある》所《ところ》ではパンを食《く》はして呉《く》れる。で、彼《かれ》は毎《いつ》も滿腹《まんぷく》で、金持《かねもち》になつて、六|號室《がうしつ》に歸《かへ》つて來《く》る。が、其《そ》の携《たづさ》へ歸《かへ》る所《ところ》の物《もの》は、玄關《げんくわん》でニキタに皆《みんな》奪《うば》はれて了《しま》ふ。兵隊上《へいたいあが》りの小使《こづかひ》のニキタは亂暴《らんばう》にも、隱《かくし》を一々《いち/\》轉覆《ひつくりか》へして、悉皆《すつかり》取返《とりか》へして了《しま》ふので有《あ》つた。
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