つな》がれるなど云《い》ふ事《こと》は良心《りやうしん》にさへ疚《やま》しい所《ところ》が無《な》いならば少《すこ》しも恐怖《おそる》るに足《た》らぬ事《こと》、這麼事《こんなこと》を恐《おそ》れるのは精神病《せいしんびやう》に相違《さうゐ》なき事《こと》、と、彼《かれ》も自《みづか》ら思《おも》ふて是《こゝ》に至《いた》らぬのでも無《な》いが、偖《さて》又《また》考《かんが》へれば考《かんが》ふる程《ほど》迷《まよ》つて、心中《しんちゆう》は愈々《いよ/\》苦悶《くもん》と、恐怖《きようふ》とに壓《あつ》しられる。で、彼《かれ》ももう思慮《かんが》へる事《こと》の無益《むえき》なのを悟《さと》り、全然《すつかり》失望《しつばう》と、恐怖《きようふ》との淵《ふち》に沈《しづ》んで了《しま》つたのである。
彼《かれ》は其《そ》れより獨居《どくきよ》して人《ひと》を避《さ》け初《はじ》めた。職務《しよくむ》を取《と》るのは前《まへ》にも不好《いや》であつたが、今《いま》は猶《なほ》一|層《そう》不好《いや》で堪《たま》らぬ、と云《い》ふのは、人《ひと》が何時《いつ》自分《じぶん》を欺《だま》して、隱《かくし》にでも密《そつ》と賄賂《わいろ》を突込《つきこ》みは爲《せ》ぬか、其《そ》れを訴《うつた》へられでも爲《せ》ぬか、或《あるひ》は公書《こうしよ》の如《ごと》きものに詐欺《さぎ》同樣《どうやう》の間違《まちがひ》でも爲《し》はせぬか、他人《たにん》の錢《ぜに》でも無《な》くしたり爲《し》はせぬか。と、無暗《むやみ》に恐《おそろし》くてならぬので。
春《はる》になつて雪《ゆき》も次第《しだい》に解《と》けた或日《あるひ》、墓場《はかば》の側《そば》の崖《がけ》の邊《あたり》に、腐爛《ふらん》した二つの死骸《しがい》が見付《みつ》かつた。其《そ》れは老婆《らうば》と、男《をとこ》の子《こ》とで、故殺《こさつ》の形跡《けいせき》さへ有《あ》るのであつた。町《まち》ではもう到《いた》る所《ところ》、此《こ》の死骸《しがい》のことゝ、下手人《げしゆにん》の噂計《うはさばか》り、イワン、デミトリチは自分《じぶん》が殺《ころ》したと思《おも》はれは爲《せ》ぬかと、又《また》しても氣《き》が氣《き》ではなく、通《とほり》を歩《ある》きながらも然《さう》思《おも》はれまいと微笑《び
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