そば》を通《とほ》る者《もの》、庭《には》に入《い》る者《もの》は皆《みな》探偵《たんてい》かと思《おも》はれる。正午《ひる》になると毎日《まいにち》警察署長《けいさつしよちやう》が、町盡頭《まちはづれ》の自分《じぶん》の邸《やしき》から警察《けいさつ》へ行《い》くので、此《こ》の家《いへ》の前《まへ》を二|頭馬車《とうばしや》で通《とほ》る、するとイワン、デミトリチは其度毎《そのたびごと》、馬車《ばしや》が餘《あま》り早《はや》く通《とほ》り過《す》ぎたやうだとか、署長《しよちやう》の顏付《かほつき》が別《べつ》で有《あ》つたとか思《おも》つて、何《な》んでも此《こ》れは町《まち》に重大《ぢゆうだい》な犯罪《はんざい》が露顯《あら》はれたので其《そ》れを至急《しきふ》報告《はうこく》するのであらうなどと極《き》めて、頻《しき》りに其《そ》れが氣《き》になつてならぬ。
家主《いへぬし》の女主人《をんなあるじ》の處《ところ》に見知《みし》らぬ人《ひと》が來《き》さへすれば其《そ》れも苦《く》になる。門《もん》の呼鈴《よびりん》が鳴《な》る度《たび》に惴々《びく/\》しては顫上《ふるへあが》る。巡査《じゆんさ》や、憲兵《けんぺい》に遇《あ》ひでもすると故《わざ》と平氣《へいき》を粧《よそほ》ふとして、微笑《びせう》して見《み》たり、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いて見《み》たりする。如何《いか》なる晩《ばん》でも彼《かれ》は拘引《こういん》されるのを待《ま》ち構《かま》へてゐぬ時《とき》とては無《な》い。其《そ》れが爲《ため》に終夜《よつぴて》眠《ねむ》られぬ。が、若《も》し這麼事《こんなこと》を女主人《をんなあるじ》にでも嗅付《かぎつ》けられたら、何《なに》か良心《りやうしん》に咎《とが》められる事《こと》があると思《おも》はれやう、那樣疑《そんなうたがひ》でも起《おこ》されたら大變《たいへん》と、彼《かれ》はさう思《おも》つて無理《むり》に毎晩《まいばん》眠《ね》た振《ふり》をして、大鼾《おほいびき》をさへ發《か》いてゐる。然《しか》し這麼心遣《こんなこゝろづかひ》は事實《じゝつ》に於《おい》ても、普通《ふつう》の論理《ろんり》に於《おい》ても考《かんが》へて見《み》れば實《じつ》に愚々《ばか/\》しい次第《しだい》で、拘引《こういん》されるだの、獄舍《らうや》に繋《
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