らば! 貴方《あなた》は知識《ちしき》の有《あ》る人《ひと》です。』
ハヾトフは此時《このとき》少計《すこしばか》り戸《と》を開《あ》けて室内《しつない》を覗《のぞ》いた。イワン、デミトリチは頭巾《づきん》を被《かぶ》つて、妙《めう》な眼付《めつき》をしたり、顫《ふるへ》上《あが》つたり、神經的《しんけいてき》に病院服《びやうゐんふく》の前《まへ》を合《あ》はしたりしてゐる。院長《ゐんちやう》は其側《そのそば》に腰《こし》を掛《か》けて、頭《かしら》を垂《た》れて、凝《じつ》として心細《こゝろぼそ》いやうな、悲《かな》しいやうな樣子《やうす》で顏《かほ》を赤《あか》くしてゐる。ハヾトフは肩《かた》を縮《ちゞ》めて冷笑《れいせう》し、ニキタと見合《みあ》ふ。ニキタも同《おな》じく肩《かた》を縮《ちゞ》める。
翌日《よくじつ》ハヾトフは代診《だいしん》を伴《つ》れて別室《べつしつ》に來《き》て、玄關《げんくわん》の間《ま》で又《また》も立聞《たちぎゝ》。
『院長殿《ゐんちやうどの》、とう/\發狂《はつきやう》と御坐《ござ》つたわい。』と、ハヾトフは別室《べつしつ》を出《で》ながらの話《はなし》。
『主《しゆ》憐《あはれめ》よ、主《しゆ》憐《あはれめ》よ、主《しゆ》憐《あはれめ》よ!』と、敬虔《けいけん》なるセルゲイ、セルゲヰチは云《い》ひながら。ピカ/\と磨上《みがきあ》げた靴《くつ》を汚《よご》すまいと、庭《には》の水溜《みづたまり》を避《よ》け/\溜息《ためいき》をする。
『打明《うちあ》けて申《もを》しますとな、エウゲニイ、フエオドロヰチもう私《わたくし》は疾《と》うから這麼事《こんなこと》になりはせんかと思《おも》つてゐましたのさ。』
(十二)
其後《そのご》院長《ゐんちやう》アンドレイ、エヒミチは自分《じぶん》の周圍《まはり》の者《もの》の樣子《やうす》の、ガラリと變《かは》つた事《こと》を漸《やうや》く認《みと》めた。小使《こづかひ》、看護婦《かんごふ》、患者等《くわんじやら》は、彼《かれ》に往遇《ゆきあ》ふ度《たび》に、何《なに》をか問《と》ふものゝ如《ごと》き眼付《めつき》で見《み》る、行《ゆ》き過《す》ぎてからは私語《さゝや》く。折々《をり/\》庭《には》で遇《あ》ふ會計係《くわいけいがゝり》の小娘《こむすめ》の、彼《かれ》が愛
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