ものだろう。春吉君は、すか[#「すか」に傍点]をくらわされたように拍子《ひょうし》ぬけして、わらえもしなければおこれもせず、もじもじして立っていた。
 藤井先生はまゆをしかめ、あわててポケットからとり出したハンケチで、鼻をしっかとおさえたまま、こりゃひどい、まったくだ、さあまどをあけて、そっちも、こっちもと、さしずされ、しばらくじっとしてなにかを待っていられたが、やがて、おそるおそるハンケチを鼻からとられ、おこってもしょうがないというように、はっはっと、顔の一部分でみじかくわらわれた。だがすぐきっとなられて、だれですか、今のは、正直《しょうじき》に手をあげなさいと、見まわされた。
 石だ、石だ、と、みんながささやいた。藤井先生は、その「石」をさがされた。そして、いちばんうしろの壁《かべ》ぎわに発見した。石太郎は、新しい先生だからてれくさいとみえて、つくえの上に立てた表紙のぼろぼろになった読本《とくほん》のかげに、かみののびた頭をかくすようにしていた。
 立っていた春吉君は、そのとき、いい知れぬ羞恥《しゅうち》の情《じょう》にかられた。じぶんの組に、石太郎のような、不潔《ふけつ》な、野卑
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