苦労をしたあげく、のどからやっと口までうち出したたん[#「たん」に傍点]を、ポケットに入れて持っている新聞紙のたたんだのの中へ、ペッペッとはきこみ、その新聞紙を、まただいじそうにポケットにしまうのである。
さて、藤井先生が、はじめて春吉君の教室にあらわれた。はじめて生徒を見る先生には、生徒は、みないちように見える。よく、それぞれの生徒の生活になれると、それぞれの生徒の個性がはっきりしてくるが、顔を最初見たばかりでは、わからない。だれがりこうで、だれがしようもないあほうであるかも、わからない。
藤井先生はまず、教卓《きょうたく》のすぐ前にいる坂市《さかいち》君にむかって、「きみ、読みなさい」といった。それは読み方の時間だった。「きみ」ということばが、春吉君をまた喜ばせた。なんという都会ふうのことばだろう。石黒先生はこんなふうにはよばなかった。先生は、生徒の名を知りすぎていたから、「源《げん》やい読め」とか、「照《てる》ン書け」とかいったのである。
坂市君が読んでいきながら、知らない字をのみこむようにしてとばしたり、あいまいにごまかしたりすると、石黒先生はそんなのをほったらかしておか
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