らえへらわらっていた。
春吉君は、一ど、石太郎のことで、じつにはずかしいめにあったのである。
それは五年生の冬のことである。三年間受け持っていただいた、年よりの石黒先生が、持病《じびょう》のぜんそくが重くなって、授業ができなくなり、学校をおやめになった。かわりに町から、わかい、ロイド眼鏡《めがね》をかけた、かみの長い藤井《ふじい》先生がこられた。
春吉君の学校は、かたいなかの、百姓《ひゃくしょう》の子どもばかり集まっている小さい学校なので、よそからこられる先生は、みな、都会人のように思えたのだった。藤井先生をひと目見て、春吉君はいきづまるほどすきになってしまった。文化的な感じに魅《み》せられたのである。石黒先生もよい先生であったが、先生は生まれが村の人なので、ことばが、生徒や村のおとたたちの使うのとほとんど変わらないし、年をとっていられるので、体操《たいそう》など、ちっとも新しいのを教えてくれない。走りあいか、ぼうしとりか、それでなければ、砂場ですもうをとらせる。いちばんいやなのは、話をしている最中に、せきをしはじめることである。長い長い、苦しげなせき。そして、長いあいだ、さんざ
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