《やひ》な、非文化的な、下劣《げれつ》なものがいるということを、都会ふうの、近代的な明るい藤井先生が、どうお考えになるかと思うと、まったく、いたたまらなかった。
藤井先生は、相手を見てすこしことばの調子をおとしながら、いろいろ石太郎にきいたが、要領を得なかった。なにしろ石は、くらげのように、つくえの上でぐにゃつくばかりで、返事というものをしなかったからである。
そこで近くにいる古手屋の遠助《とおすけ》が、とくいになって説明申しあげた。まるで見世物の口上《こうじょう》いいのように、石太郎はよく屁《へ》をひること、どんな屁でも注文どおりできること、それらには、それぞれ名まえがついていること等等《とうとう》。
春吉君は、古手屋の遠助のあほうが、そんなろくでもないことを、手がら顔して語るのを聞きながら、それらのすべてのことを、あかぬけのした、頭をテカテカになでつけられた藤井先生が、どんなにけいべつされるかと思って、じつにやりきれなかったのである。
一年おきにやってくる、町の小学校との合同運動会でも、春吉君は、石太郎の存在をうらめしく思った。その日には春吉君の学校は、白いべんとうのつつみを背中《せなか》にしょって、半里ばかりの道を、町の大きい小学校へやっていく。大きなりっぱな小学校である。木づくりの古い講堂があり、えび茶のペンキでぬられた優美な鉄さくが、門の両方へのびていっている。運動場のすみには、遊動|円木《えんぼく》や回旋塔《かいせんとう》など、春吉君の学校にはないものばかりである。ここの小学校の生徒や先生は、みな、町ふうだ。うすいメリヤスの運動シャツ、白いパンツ、足にぬったヨジウム。そして、ことばが小鳥のさえずりににて軽快だ。
春吉君は、一歩門内にはいるときから、もうじぶんたち一団のみすぼらしさに、はずかしくなってしまう。なんという生彩《せいさい》のないじぶんたちであろう。友だちの顔が、さるみたいに見える。よくまあこんな、べんとう風呂敷《ふろしき》をじいさんみたいにしょってきたものだ。まったくやりきれないいなかふうだ。
こういう意識《いしき》が、運動会のおわるまで、春吉君の中でつづく。ちょっとでも、じぶんたちのふていさいなことをわらわれたりすると、春吉君はつきとばされたように感じる。町の見物人たちのひとりが、春吉君のことを、まあ、じょうぶそうな色をしてと、つぶやいたとしても、春吉君は恥辱《ちじょく》に思うのである。町の人がおどろくほどの健康色、つまり、日焼けしたはだの色というものは、町ふうではなく在郷《ざいごう》ふうだからだ。
ある人びとは、保護色性《ほごしょくせい》の動物のように、じき新しい環境《かんきょう》に同化されてしまう。で、藤井先生も、半年ばかりのあいだに、すっかり同化されてしまった。つまり都会気分がぬけて、いなかじみてしまった。洋服やシャツはあかじみ、ぶしょうひげはよくのびており、ことばなども、すっかり村のことばになってしまった。「なんだあ」とか、「とろくせえ」とか、「こいつがれ」などと、春吉君がそのことばあるがため、じぶんの故郷《こきょう》をきらっているような、げびた方言を、平気で使われるのである。春吉君が、藤井先生も村の人になったということをしみじみ感じたのは、麦のかられたじぶんのある日だった。
午後の二時間め、春吉君たちは、校庭のそれぞれの場所にじんどって、水彩の写生をしていた。小使室のまど下に腰をおろして、学校のげんかんと、空色にぬられた朝礼台と、そのむこうのけし[#「けし」の傍点]のさいているたんざく型の花だんと、ずうっと遠景にこちらをむいて立ってる二宮金次郎の、本を読みつつまき[#「まき」に傍点]をせおって歩いているみかげ石の像とをとりいれて、一心に彩筆《さいひつ》をふるっていた春吉君が、ふと顔をあげて南を見ると、学校の農場と運動場のさかいになっている土手《どて》の下に腹ばって、藤井先生が、なにか土手のあちら側にむかってあいずをしていられる。
いちはやく気づいたものがもうふたり、ばらばらとそちらへ走っていくので、春吉君も画板《がばん》をおいてかけつけると、土手の下に、水を通ずるため設けてある細い土管の中へ、竹ぎれをつっこんでいる先生が、落ちかかって鼻の先にとまっている眼鏡《めがね》ごしに春吉君を見て、
「おい、ぼけんと見とるじゃねえ、あっちいまわれ。こん中にいたち[#「いたち」に傍点]がはいっとるだぞ。今こっちからつっつくから、むこうで、屁《へ》えこき虫といっしょにかまえとって、つかめ。にがすじゃねえぞ」
と、つばをとばしながらおっしゃった。
むこう側へこしてみると、なるほど、屁えこき虫の石太郎が、このときばかりはじつにしんけんな顔つきで、そこのどろみぞの中にひざこぶしまではいって、土管
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