きりしねえだ。右へかたむいたり、左へかたむいたり、高いところにのぼったり、ひくいところに下りたりしたことをおぼえているだけでのォ」
と、こたえました。
「それで、無燈で歩いとったのか」
と、おまわりさんの芝田《しばた》さんはききました。
「無燈じゃごぜえません。ここに小田原《おだわら》ちょうちんがつけてありますに、ごらんくだせェ」
といって、和太郎さんは牛車の下へ頭をつっこみました。
ところが小田原ちょうちんは、上半分しか残っていませんでした。どうやら、水でぬれたため、紙がやぶれて、コイルのようにまいてあった骨がだらりとのび、それがとちゅうでなにかにひっかかって、ちぎれてしまったらしいのです。
「水にぬれたので、こんなになっちめえました」
と和太郎さんは、ちぎれて半分の小田原ちょうちんをはずして見せました。
「そういえば、牛車も牛も、和太郎さんの着物も、ぐっしょりぬれているが、こりゃ夜つゆにしてはひどすぎるようだ」と、だれかがいいました。
「ひょっとすると、どこかの池の中でも通ってきたのじゃねえか」
と、亀徳さんがいいました。
「まさか、そ、そんなことはありません」
と和
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