ったときが五晩、そしてやはり若い衆であったころ、毎年村の祭の夜ひと晩ずつ山車《だし》の夜番をしにいったものでした。そのほかに、和太郎さんが、家をあけてよそでとまってきたことは、一ぺんもなかったのです。そこでおかあさんは、だんだん心配になってきました。
十一時が二十分たちました。まだ和太郎さんは帰ってきません。おかあさんはとうとう決心しました。駐在所《ちゅうざいしょ》のおまわりさんのところへ相談にいったのでした。
おまわりさんの芝田《しばた》さんは、なにか事件でも起こったかと、電燈の下であわてて黒いズボンをはき、サーベルを腰につるしながら下《お》りてきました。
しかし芝田さんは、話を聞いて、すこしはりあいがぬけました。
「そりゃ、また和太さんが一ぱいやったんだろう」
といいました。
「ンでも、こげなこと、一ぺんもごぜえませんもの。あれにかぎって、いくらよっておっても、十一時にはちゃんと帰ってきますだがのィ」
と、和太郎さんのおかあさんはいいました。そして、十一時が二十分すぎてもまだ帰ってこないのは、きっと、とちゅうでおいはぎ[#「おいはぎ」に傍点]にでもつかまったにちがいないといいはるのでありました。
芝田《しばた》さんは、このおさまった御代《みよ》に、おいはぎ[#「おいはぎ」に傍点]などが、やたらにいるものではないことをきかせました。和太郎さんが、いつもじぶんは正体もなくよって、牛にひかれて帰ってくるのだから、今夜は、牛がなにかのぐあいで二、三十分おくれたのだろう、なにしろ牛などというものは、あまり時間の正確な動物ではないから、ともいうのでした。
けれど和太郎さんのおかあさんは、じぶんの考えをいつまでもいいはるので、芝田さんもとうとう根負《こんま》けしてしまって、
「よし、それでは、そうさくすることにしよう」
といいました。
いつも事件が起こったときには、村の青年団が駐在巡査の応援をすることになっていましたので、芝田さんは青年団の人びとにあつまってもらいました。まもなく青年団員は制服を着てゲートルをまいて、ぼうきれを持ってよってきました。青年団員ばかりでなく、ほかのおとなや、腰のまがりかかったおじいさんまで、やってきました。
じつは、このような、夜中に人が消えたというような事件は、この村には、もうなん十年も、なかったのでした。このまえ、青年団が芝
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