ながらのろのろといきました。
四
さて、和太郎さんも、きょうだけはじぶんがお酒を飲むのをよそうと決心していました。和太郎さんの意見では、牛が飲んだうえに、牛飼いまでが飲むのは、だらしのないことであったのです。しかし、それなら和太郎さんは、帰り道を一本松と茶屋の前にとってはならなかったのです。すこしまわり道だけれど、焼場《やきば》の方のさびしい道をいけばよかったのです。
だが、和太郎さんは、なァに、きょうはだいじょうぶだ、と思いました。「おれにだってわきまえというものがあるさ」とひとりごとをいいました。そして一本松と茶屋の前を通りかかりました。
酒飲みの考えは、酒の近くへくると、よくかわるものであります。和太郎さんも、茶屋の前までくると、じぶんの石のようにかたかった決心が、とうふのようにもろくくずれていくのをおぼえました。
じつは和太郎さんも、牛に酒のおり[#「おり」に傍点]をなめさせているとき、じぶんも、のどから手の出るほど飲みたかったのを、おさえていたのでした。その欲望が、茶屋の前できゅうに頭をもちあげてきました。
「ま、ちょっと一服するくらい、いいだろう」
と和太郎さんは、手綱《たづな》を松の太いみきにまきつけながら、いいました。牛はいつものようにおとなしくしていました。
そして和太郎さんは、茶店に、手をこすりながら、はいっていきました。
いつものとおりでした。もうちょっと、もうちょっとといっているうちに、時間はすぎていきました。徳利《とっくり》の数もふえていきました。
茶屋のおよしばあさんが、いろいろ和太郎さんの世話をやいて、松から手綱をといてくれたり、小田原《おだわら》ちょうちんに火をともしてくれたのも、いつものとおりでした。
ただ、牛が地べたの上にねそべっていたことだけが、いつもとちがっていました。およしばあさんは、そうとは知らなかったので、もうすこしで牛につまずくところでした。和太郎さんは、
「坊よ、起きろ」
と、いいました。
牛は、ふううッと太い長い鼻いきでこたえただけで、起きようとしませんでした。
「坊よ、腹でもいてえか。起きろ」
といって、和太郎さんは、手綱でぐいッとひっぱりました。
牛はのろのろと、ものうげにからだを動かして、まずしりのほうを起こしました。前あしはふたつにおって地についたままでしばらくい
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