いことを思いついたのでした。
 和太郎さんは、牛をくびき[#「くびき」に傍点]からはなしました。そして、こぼれたおり[#「おり」に傍点]のところにつれていきました。
 「そら、なめろ」
 牛は、おり[#「おり」に傍点]の上に首をさげて、しばらくじっとしていました。それは、においをかいで、これはうまいものかまずいものか、と判断しているように見えました。
 見ている百姓たちも、いきをころして、牛は酒を飲むか飲まぬか、と考えていました。
 牛は舌を出して、ぺろりとひとなめやりました。そしてまたちょっと動かずにいました。口の中でその味をよくしらべているにちがいありません。
 見ている百姓たちは、あまりいきをころしていたので、胸が苦しくなったほどでありました。
 牛はまた、ぺろりとなめました。そしてあとは、ぺろりぺろりとなめ、おまけに、ふうふうという鼻いきまで加わったので、たいそういそがしくなりました。
 「牛というもなァ、酒の好きなけものとみえるなァ」
と村びとのひとりが、ためいきまじりにいいました。
 ほかのものたちは、じぶんが牛でないことをたいそうざんねんに思いました。
 和太郎さんは、牛がおいしそうにおり[#「おり」に傍点]をなめるのを喜んで見ていました。
 「おォよ。たべろたべろ。いつもおまえの世話になっておるで、お礼をせにゃならんと思っておったのだ。だが、おまえが酒ずきとは知らなかったのだ」
 牛はてまえのおり[#「おり」に傍点]がなくなると、ひと足進んで、むこうのおり[#「おり」に傍点]をなめました。
 「牛てもな、大酒《おおざけ》くらいだなァ」
と村びとのひとりが、ほしいもののもらえなかった子どものように、なげやりにいいました。
 「いくらでもええだけたべろ」と和太郎さんは、牛の背中《せなか》をなでながらいいました。
 「ようまでたべろ。よってもええぞ、きょうはおれが世話してやるで。きょうこそ、一生に一ぺんのご恩がえしだ」
 ついに牛は、おり[#「おり」に傍点]をなめてしまい、土だけが残りました。もうあたりはうす暗くなっていました。和太郎さんはまた牛をくびき[#「くびき」に傍点]につけました。
 青い夕かげが流れて、そこらの垣根《かきね》の木いちごの花だけが白くういている道を、腹いっぱいたべた牛と、日ごろのご恩をかえしたつもりの和太郎さんが、ともに満足をおぼえ
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