里の春、山の春
新美南吉
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)桜《さくら》がさき、
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野原にはもう春がきていました。
桜《さくら》がさき、小鳥はないておりました。
けれども、山にはまだ春はきていませんでした。
山のいただきには、雪も白くのこっていました。
山のおくには、おやこの鹿《しか》がすんでいました。
坊《ぼう》やの鹿《しか》は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。
「お父ちゃん、春ってどんなもの。」
「春には花がさくのさ。」
「お母ちゃん、花ってどんなもの。」
「花ってね、きれいなものよ。」
「ふウん。」
けれど、坊《ぼう》やの鹿《しか》は、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
ある日、坊《ぼう》やの鹿《しか》はひとりで山のなかを遊んで歩きまわりました。
すると、とおくのほうから、
「ぼオん。」
とやわらかな音が聞こえてきました。
「なんの音だろう。」
するとまた、
「ぼオん。」
坊《ぼう》やの鹿《しか》は、ぴんと耳をたててきいていました
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