。やがて、その音にさそわれて、どんどん山をおりてゆきました。
 山の下には野原がひろがっていました。野原には桜《さくら》の花がさいていて、よいかおりがしていました。
 いっぽんの桜《さくら》の木の根《ね》かたに、やさしいおじいさんがいました。
 仔鹿《こじか》をみるとおじいさんは、桜《さくら》をひとえだ折《お》って、その小さい角《つの》にむすびつけてやりました。
「さア、かんざしをあげたから、日のくれないうちに山へおかえり。」
 仔鹿《こじか》はよろこんで山にかえりました。
 坊《ぼう》やの鹿《しか》からはなしをきくと、お父さん鹿《じか》とお母さん鹿《じか》は口をそろえて、
「ぼオんという音はお寺《てら》のかねだよ。」
「おまえの角《つの》についているのが花だよ。」
「その花がいっぱいさいていて、きもちのよいにおいのしていたところが、春だったのさ。」
とおしえてやりました。
 それからしばらくすると、山のおくへも春がやってきて、いろんな花はさきはじめました。



底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書
   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行
底本の親
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