三男 ぼく知ってら。にいちゃんたち、祭にいくんだよ。ね、そうでしょう。ぼくいま夢《ゆめ》を見たの。去年の祭にきた猿《さる》まわしとね、ぼく、菜種《なたね》畑ん中でいきあったの。去年はね、お猿が一ぴききりだったでしょう。今年はね、そのお猿と赤ん坊の猿と二ひきできてるの。ぼくが菜種の花をちぎってなげてやったら、大きな猿が、とてもじょうずにうけとってね、小さいお猿に半分ちぎってやって、パクパクたべてったよ。
母 そう、それはよかったね。にいちゃんたちはじき帰ってくるからね、よし坊ちゃんはかあさんとお家で待っていましょうね。
三男 いやだい。ぼくもいくんだ。
母 そんなこと、いうもんじゃありません。起きちゃいけませんよ。お医者さんがおっしゃったでしょう、じっとしてなきゃ、病気はなおらないって。
三男 いやだい。ぼく見たいんだ。猿《さる》まわしやお芝居《しばい》が。
母 お病気がなおったら、町へつれてって映画を見せてあげるから、きょうはおとなしくかあさんと待ってましょうね。そのかわり、ねえちゃんにいいものを買ってきてもらいましょう。よし坊ちゃん、なにがほしいの。
長女 絵本買ってきてあげましょうか。
三男 いやだい、ねえさんのばか。
母 そんなにあばれちゃいけません。お腹《なか》がまたいたくなりますよ。さあ、おとなにしてましょうね。
次男 もういこうよ。
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(靴をはきかかる)
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三男 あ、次郎ちゃんは、ぼくの靴《くつ》をはいてる。いやだい、いやだい。ばか、ばか。
母 あのね、よし坊ちゃん、あんたにはもっといいのを、買ったげるからね。
三男 いやだ、いやだ。次郎、ばか。かあさんばか。みんなばか。
母 そんなにさわいじゃいけません。ほうらごらん、こんなに汗が額《ひたい》に出て。顔が青くなりましたよ。次郎ちゃん、じゃあきょうは、あんたのお靴《くつ》はいてらっしゃい。
次男 だって、よし坊はもうはかないんじゃないの。
三男 次郎ばか、次郎ばか。
母 あんたまで、そんなことをいうのね。みんなでかあさんをいじめるんだわ。いいよ、かあさんをそんなにいじめると、早くしわがよっておばあさんになって、死んじゃうから。
次男 ぼく、そんならじぶんのをはいてくよ。さあいこう、にいさん。
母 危《あぶな》いとこへいくんじゃないよ。花火やよっぱらいのそばにいっちゃ、いけませんよ。そして、暗くならないうちに帰ってくるんですよ。
長男次男 うん。
長女 じゃ、よし坊ちゃん、いいもの買ってきたげるから、待ってらっしゃいね。
三男 やだい。ねえちゃんもいくの。ねえちゃん、いっちゃいやだ。
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長女、戸口のところで思案する。
長男、次男、出ていく。
母親、身ぶりでいきなさい、と長女に命ずる。
長女出ていく。すると、病気の子がまた「いやだ、ねえちゃんいっちゃいやだ」とさけぶのでいきかねている。
母は早くおいきと身ぶりで示す。ついに長女はすがたを消す。
病める子、急になきだす。
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母 さあ、なかないで、よし坊。ねえさん、じき帰ってきてくれるからね。おまえは、いい子だから、かあさんのいうことをきくんですよ。さあ、おとなしくねんねしましょう。そのうちにおはやしが、この辺までやってきますからね。いいでしょう、よし坊、おまえのすきな笛や太鼓《たいこ》がやってきますよ。
三男 うそだい。おはやしなんかここまできやしないや。塩屋さんとこまできて、あそこからまた帰っていっちゃうんだ。ぼく去年ついてきたからよく知ってら。
母 おや、そうかい。でも塩屋さんとこまでくれば、おはやしの音がよくきこえるから、いいじゃないかい。大太鼓の音が、どうんどうんてお家の障子《しょうじ》にひびいてくるよ。いいでしょう。
三男 かあちゃん。
母 なんだい。
三男 ぼくにも、祭の着物をきせてくれよ。
母 おまえさんは祭にいかないじゃないの。
三男 ぼくも祭の着物がきたいや。にいちゃんたちみんながきたんだもの。
母 そうかい。それじゃ、よし坊ちゃんにもきせてあげようね。
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(母親、たんすから一枚の晴着をとり出す)
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三男 それじゃないよ。そんなの学校にあがったとききたんだよ。
母 おや、かあさん、忘れっぽいね。ではこれだね。
三男 うん。
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(母親きかえさしてやる)
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