れ、おしろいの実よ、おかあさん。
母   どうして、そんなものがはいってたの。
長女  おしろいの実をしまっとくとね、色が白くなるんだって、みんながいうんですよ。
母   おやおや。
長女  それから美しくなって、みんながお嫁《よめ》さんにもらいにくるんだって。
母   あきれた子だね。
次男  あんなこと、うそだね、かあさん。鯉《こい》ちゃんとこのねえさんはね、まえだれにいっぱいあつめてったけど、ちっとも白くならないね。いまでもまっ黒だ。
母   どこでそんなに、おしろいの実をとるの。
長男  めくらのおじいさんの庭から、とってくるんですよ。おばあさんがいるときはね、火箸《ひばし》を持って追っぱらうもんだからね、ばあさんがいないときに、女の子たちは、とりにいくんです。
長女  あら、あたしはそうじゃなくってよ。あたしは、おキンちゃんのとこでいただいたのですよ。
長男  あや子のこといってやしないよ。他の子のことだよ。そうするとね、かあさん、おじいさんは目が見えないでしょう。だからみんなが、おしろいの実をとっても知らないで、犬が庭にはいったかなって、いってるんですよ。
長女  あたしは、そんなこと一ぺんもしやしないわ、かあさん。
母   そんなことしてはいけませんよ。でも女の子って、そんなに色が白くなりたいのかしら。(笑う)
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(このとき、次男の着つけも終わる)
(花火の音がする)
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長女  あら、びっくらした。
次男  でかいなあ、いまのは、二尺かもしれないよ。
長男  地ひびきがしたよ、表のつばきの花が落ちたよ。
長女  あたし、こわいわ、花火なんて。みぞおちのとこがどきんどきんするわ。
次男  臆病《おくびょう》だよ。すずめみたいだよ。さっき表で見たらね、かあさん、すずめが花火のはじけるたびにとびたって、裏山の方へ逃げてったよ。もう村には、一わもいやしない。
長男  さあいこうよ。かあさん、おこづかいは。
母   さあ、たあちゃん、次郎ちゃん、あやちゃん。みんな二十銭ずつですよ。落とさないように、気をつけてね。花火やなんかつまらないものや、氷のものは、買っちゃいけませんよ。
次男  かあさん、ぼく、靴《くつ》にあながあいてるから、よし坊のをはいてっていい?
母   もうあんたは、あなをあけちゃったの、まだ、こないだ買ったばかりじゃないの。
次男  だって、あながあいちゃったんだもの、ぼく知らないや。
母   うそおっしゃい。なにかわるさしたんでしょ。あなたの顔に書いてあります。うそをいう子は、顔が赤くなるからすぐわかります。さあどうしたか、いってごらんなさい。
次男  けんちゃんがわるいんだよ。
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(泣きだす)
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母   ないてもゆるしませんよ。さあ、男の子はなんでも正直に、男らしくいうもんです。
次男  けんちゃんがレンズを持ってきて、黒いもんならなんでも燃えるから、やってごらんっていったから、ぼくうそだと思って……。
母   それごらんなさい。あなたは、そんなことをするんです。
次男  だって、けんちゃんが……。
母   そらまたもうひとつ。あんたはわるいことをしたうえ、ひとに罪をなすりつけるのね、ふたつもよくないことをしたんですよ。そんな子はもう、おかあさんの子じゃありませんよ。
長女  ごめんなさいって、あやまりなさいよ、次郎ちゃん。
次男  かあさん、ごめんなさい。
母   もうこれから、そんなことするんじゃありませんよ。お家《うち》はお金持じゃないんですからね。まずしいお家では、みんなが、品物をだいじに使わなきゃ、いけないんですよ。
長男  おそくなるからもういこうよ。もうみんな、お宮へいってるよ。
母   よし坊ちゃんのお靴《くつ》、おまえにはけるのかい?
次男  うん。
母   じゃあ、あれをはいてらっしゃい。
長女  あ、よし坊が目をさました。
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(みんな病気の子の方を見る。沈黙)
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三男  にいちゃんたち、どこへいくの?
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(母親、目顔で祭にいく子どもたちにだまっておいでと命ずる)
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母   にいちゃんたちはね、学校で式があるので、いかなきゃならないんですよ。
三男  うそいってら。
母   うそじゃありませんよ。お昼からね、校長先生のお話があるのさ。
三男  かあさん、うそいってるよ。顔見ると、ちゃんとわからあ。
母   あら、この子は。
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