の土手《どて》のこわれたところも、うまくわたったのだ。よく川に落ちもせずに。
 久助君は胸があつくなり、なみだが目にあふれ、ぽとぽとと落ちた。
 子山羊はひとりで帰ってきたのだ[#「子山羊はひとりで帰ってきたのだ」に傍点]。
 久助君の胸に、ことしになってからはじめての、春がやってきたような気がした。

       四

 久助君はもう、兵太郎君が死んではいない、きっと帰ってくる、という確信をもっていたので、あまりおどろかなかった。
 教室にはいると、そこに、――いつも兵太郎君のいたところに、洋服にきかえた兵太郎君が、白くなった顔でにこにこしながらこしかけていた。
 久助君は、じぶんの席へついてランドセルをおろすと、目を大きくひらいたまま、兵太郎君を見てつっ立っていた。そうするとしぜんに顔がくずれて、兵太郎君といっしょにわらいだした。
 兵太郎君は、海峡《かいきょう》のむこうの親せきの家にもらわれていったのだが、どうしてもそこがいやで、帰ってきたのだそうである。それだけ久助君はひとから聞いた。川のことがもとで、病気をしたのかしなかったのかは、わからなかった。だが、もうそんなことはどう
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