いにいって、買うものを忘れてしまい、あてずっぽうに買って帰って、まるでラジオで聞く落語みたいだとわらわれたこともあった。
 もとから久助君は、どうかすると見なれた風景や人びとのすがたが、ひどく殺風景《さっぷうけい》にあじけなく見え、そういうもののなかにあって、じぶんのたましいが、ちょうど、いばらの中につっこんだ手のように、いためられるのを感じることがあったが、このごろはいっそうそれが多く、いっそうひどくなった。こんなつまらない、いやなところに、なぜ人間は生まれて、生きなければならぬのかと思って、ぼんやり庭の外の道をながめていることがあった。また、つめたい水にわずか五分ばかりはいっていただけで、病気にかかり死なねばならぬ(久助君には、兵太郎君が死ぬとしか思えなかった)人間というものが、いっそうみじめな、つまらないものに思えるのであった。
 三学期のおわりごろ、ついに兵太郎君が死んだということを、久助君は耳にした。べんとうのあと、久助君は教だんのわきで日なたぼっこをしていた。すると、むこうのすみで話しあっていた一団のなかから、
「兵タンが死んだげなぞ」
と、ひとりがいった。
「ほうけ」

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