かり振った。その男の人は犬の頭をなでながら、
「よしよし、トラ、おうよしよし」と犬にいい、それから木之助たちの方に向いて、
「この犬はおとなしいから大丈夫だ。遠慮せんではいれ、はいれ」とすすめた。
「おっつあん、しっかり掴《つか》んどってな」と松次郎が頼んだ。
「おう、よし」と小父《おじ》さんは答えた。
 トラ――恐ろしい名だな、おとなしい犬だと小父さんはいったが嘘《うそ》だろう、と木之助は思いながら立派な広い入口をはいった。
 正面に衝立《ついたて》が立っていて、その前に三宝《さんぽう》が置いてある、古めかしいきれいな広い玄関だった。胡弓や鼓の音がよく響き、奥へ吸いこまれてゆくようで自分ながら気持ちがよかった。
 この家の主人らしい、頭に白髪《しらが》のまじったやさしそうな男の人が衝立の蔭《かげ》から出て来て、木之助と松次郎を見ると、にこにこと笑いながら、
「ほっ、二人とも子供だな」といった。

       三

 木之助は、子供だから五銭もやる必要がないなどと思われてはいけないと、一層心をこめて胡弓を弾《ひ》いた。
 一曲終ったとき主人は、
「ちょっと休めよ」といった。変に馴《な
前へ 次へ
全38ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング