と答えた。松次郎も怖《こわ》かったのに違いない。
 木之助は虎《とら》の尾でもふむように、びくびくしながら玄関の方へ近づいてゆくと、足はまた自然にとまってしまった。大きな赤犬が、入口の用水桶《ようすいおけ》の下にうずくまってこちらを見ているのだった。
「松つあん、さき行ってや」と木之助は泣きそうになっていった。
「馬鹿、胡弓がさき行くじゃねえか」と松次郎は吐き出すようにいったが、松次郎の眼《め》も恐ろしそうに犬の方を見ていた。
 二人は戻《もど》って行こうかと思った。しかし五銭のことを思うと残念だった。そこで木之助が勇気を出して、一足ふみ出して見た。すると犬は、右にねていたしっぽを左へこてん[#「こてん」に傍点]とかえした。また木之助は動けなくなってしまった。
 五銭は欲《ほ》しかったし、犬は恐ろしかったので、二人は進退に困っていると、うしろから誰かがやって来た。この家の下男《げなん》のような人で法被《はっぴ》をきていた。木之助たちを見ると、
「小さい門附けが来たな、どうしただ、犬が恐《おそ》げえのか」といって人が好《よ》さそうに笑った。犬はその人を見るとむくりと体を起して、尾を三つば
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