れで木之助を餅を買いに来たお客さんと間違えて、
「へえ、おいでやす、何を差しあげますかなも」と答えたのである。木之助は戸惑いして、もぞもぞしていると、場なれた松次郎が、びっくりするほど大きな声で、明けましてお芽出とうといいながら、鼓をぽぽんと二つ続け様にうってその場をとり繕《つくろ》ってくれた。その婆さんは銭箱《ぜにばこ》から一銭銅貨を出してくれた。木之助は胡弓を鳴らすのをやめて、それを受け取り袂《たもと》へ入れた。
 表に出ると松次郎が木之助のことを笑って言った。
「馬鹿だなあ。黙ってはいってきゃええだ」
 それからは木之助はうまくやることが出来た。大抵の家では一銭くれた。五|厘《りん》をくれる人もあった。中には、青く錆《さ》びた穴あき銭を惜しそうにくれる人もあった。二銭銅貨をうけとったときには木之助は、それが馬鹿に重いような気がした。しっかりと掌《て》に握っていて外に出るとそーっと開いて松次郎に見せた。二人は顔を見合わせほほえんだ。
 もうお午《ひる》を少しすぎた。木之助の袂はずしんずしんと横腹にぶつかるほど重くなった。草鞋《わらじ》ばきの足にはうっすら白い砂埃《すなぼこり》もつも
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