や」と松次郎は頭をかかえてわめいた。しかし爺さんは金聾《かなつんぼ》だったので何も聞えなかった。ただ長年の経験で、子供一人でもうしろの板にのるとそれが直《すぐ》体に重く感ぜられるので解《わか》ったのであった。「この馬鹿めが」といって、鞭の柄《え》の方でこつんと軽く松次郎の耳の上を叩《たた》いた。そしてまた馭者台に乗ると馬車を走らせていってしまった。
 松次郎は馬車のうしろに向《むか》って、ペラリと舌を出すと、
「糞爺《くそじじ》いの金聾」と節《ふし》をつけていって、ぽんぽんと鼓をたたいた。そして木之助と一しょに笑い出した。
 二人が三里の道を歩いて町にはいったのは午前十時|頃《ころ》だった。

       二

 町の入口の餅屋《もちや》の門《かど》から始めて、一軒一軒のき伝いに、二人は胡弓をならし、歌を謡《うた》っていった。
 一番始めの餅屋では、木之助はへま[#「へま」に傍点]をしてしまった。胡弓弾きはいきなり胡弓を鳴らしながら賑《にぎ》やかに閾《しきい》をまたいではいってゆかねばならないのだが、木之助は知らずに、
「ごめんやす」と言ってはいっていった。餅屋の婆《ばあ》さんは、そ
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