く言った。
「ああ、そいじゃ、そうしてくれ。いやどうも俺の方が悪かった。それじゃもういくら上げたらいいかな」と木之助はまた財布を出して、半ば開いた。
「そうさな、他《ほか》の客なら八十銭に売るところだが、お前さんはもと[#「もと」に傍点]を知っとるから、六十銭にしとこう」
木之助の財布を持っている手が怒《いか》りのために震えた。
「そ、そげな、馬鹿なことが。あんまり人の足元を見やがるな。三十銭で取っといて、三十分とたたねえうちに倍の値で――」
「やだきゃ、やめとけよ」と女主人は遮《さえぎ》って素気《すげ》なくいった。
木之助は財布の中を見るともう十五銭しかなかった。いつもの習慣で家を出るとき金を持って出なかった。で、さっき由太のクレヨンを買うときは、味噌屋で貰《もら》ったお銭《あし》で払ったのだ。十五銭はその残りだった。
火鉢の横にならべた三十銭を一枚一枚拾って財布に入れると、木之助は黙って財布を腹の中へ入れた。そして力なく古物屋を出た。
午後の三時頃だった。また空は曇り、町は冷えて来た。足の先の凍えが急に身に沁《し》みた。木之助は右も左もみず、深くかがみこんで歩いていった。
前へ
次へ
全38ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング