入れなどが見えている小さい店の前に立っていた。木之助は看板から自分の持っている胡弓に眼をうつした。聴く人のなくなった胡弓など持っていて何になろう。
誰かに逆《さから》うように、深くも考えずに木之助はそこの硝子戸《ガラスど》をあけた。
「これいくらで取ってもらえるだね」
青くむく[#「むく」に傍点]んだ顔の女主人が、まず、
「こりゃ一体、何だい。三味線《しゃみせん》じゃない。胡弓か、えらい古い物だな」と男のような口のきき方をして、胡弓をうけとった。そして、あちこち傷《いた》んでいないか見てから、
「こんなものは、買えない」とつき返した。
「買えんということはねえだろうがな」と木之助は気が立っていたので口をとがらせていった。「古物屋が古物を買えんという法はねえだら」
「古物屋だとて、今どき使わんようなものはどうにもならんよ。うちは骨董屋《こっとうや》じゃねえから」
二人はしばらく押問答《おしもんどう》した。女主人は買わぬつもりでもないらしく、
「まあ、そうだな。三十銭でよかったら置いてゆきな」といった。
九
木之助はあまり安い値《ね》をいわれたので腹が立ったが、腹
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