。わたしがいるから大丈夫だよ」と言って木之助をひっぱっていった。
女中は木之助を勝手口の方から案内し、ちょっとそこに待たせておいて奥へ姿を消したが、直《じき》また出て来て、さあおあがりな、と言った。木之助は長靴をぬいで女中のあとに従って仏間《ぶつま》にいった。仏壇は大きい立派なもので、点《とも》された蝋燭《ろうそく》の光に、よく磨《みが》かれた仏具や仏像が金色にぴかぴかと煌《きらめ》いていた。木之助はその前に冷えた膝《ひざ》を揃《そろ》えて坐《すわ》ると、焚《た》かれた香《こう》がしめっぽく匂《にお》った。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》と唱えて、心から頭をさげた。深い仏壇の奥の方から大旦那がこちらを見ているような気がしたのである。
「そいじゃ、何か一つ、弾いてあげておくれやな」と背後に坐っていた女中がいった。木之助は今までに仏壇に向《むか》って胡弓を弾いたことはなかったので、変なそぐわない気がした。だが思い切って弾き出して見ると、じきそんな気持ちは消えた。いつ弾く時でもそうであるように、木之助はもう胡弓に夢中になってしまった。木之助の前にあるのはもう仏壇というような物ではなかった。耳
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