り》」の板看板はなくなり、代りに、まだ新しい杉板に「※[#「仝」の「工」に代えて「吉」、屋号を示す記号、59−12]味噌|醤油《しょうゆ》製造販売店」と書いたのが掲げられてあった。それだけのことで、木之助にはいつもと様子が変ったような、うとましい気がした。門をくぐってゆくと、あの大きい天水桶《てんすいおけ》はなくなっていた。そして天水桶のあったあたりには、木之助の嫌《きら》いな、オート三輪がとめてあった。
「ごめんやす」とほっぽこ[#「ほっぽこ」に傍点]頭巾をぬいで木之助は土間《どま》にはいった。
奥の方で、誰か来たよといっているのが静けさの中をつつぬけて来た。やがて誰かが立ってこちらへ来る気配がした。木之助はちょっと身繕《みづくろ》いした。だが衝立《ついたて》の蔭《かげ》から、始めて見る若い美しい女の人が出て来て、そこに片手をついてこごんだときはまた面くらった。
「あのう」といって木之助は黙った。言葉がつづかなかった。それから一つ咳《せき》をして「ご隠居は今日はお留守《るす》でごぜえますか。毎年ごひいきに預っています胡弓弾きが参りましたと仰有《おっしゃ》って下せえまし」といった。
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