助の門附けを辞《ことわ》った。帽子屋では木之助が硝子戸《ガラスど》を三寸ばかり明けたとき、店の火鉢《ひばち》に顎《あご》をのせるようにして坐《すわ》っていた年寄りの主人が痩《や》せた大きな手を横に振ったので木之助は三寸あけただけでまた硝子戸をしめねばならなかった。また一昨々年まで必ず木之助の門附けを辞らなかった或《あ》るしもた[#「しもた」に傍点]家《や》には、木之助があけようとして手をかけた入口の格子《こうし》硝子に「諸芸人、物貰《ものもら》い、押売り、強請《ゆすり》、一切おことわり、警察電話一五〇番」と書いた判紙《はんし》が貼《は》ってあった。また或る店屋では、木之助が中にはいって、ちょっと胡弓を弾いた瞬間、声の大きい旦那《だんな》が、今日はごめんだ、と怒鳴りつけるような声で言ったので、木之助はびくっとして手をとめた。胡弓の音《おと》もびっくりしたようにとまってしまった。
 もうこれ以上他を廻るのは無駄《むだ》であると木之助は思った。そこで最後のたのしみにとっておいた味噌屋の方へ足を向けた。
 門の前に立った時木之助はおやと思った。そこには見馴《みな》れた古い「味噌《みそ》溜《たま
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