《かね》の音《おと》が雪の上を明るく聞えて来た。小学校が始まったのだ。
木之助はまた胡弓を持って町へゆきたくなった。こんな風のない空気の清澄《せいちょう》な日は、一層よく胡弓が鳴ることを木之助は思うのであった。そうだ、ゆこう。こけ[#「こけ」に傍点]でも何でもいいのだ、この娑婆に一人でも俺の胡弓を聴いてくれる人があるうちは、やめられるものか。
女房や娘はいろいろ言って木之助をとめようとしたが駄目だった。木之助の心は石のように固かった。
「それじゃお父つあん、町へいったらついでに学用品屋で由太《よした》に王様クレヨンを買って来てやってな。十二色のが欲《ほ》しいとじっと(いつも)言っているに」と女房はあきらめていった。「そして早《はよ》う戻って来《こ》にゃあかんに。晩になるときっと冷えるで。味噌屋がすんだらもう他所《よそ》へ寄らんでまっすぐ戻っておいでやな」
女房のいうことは何もかも承知して木之助は出発した。風邪《かぜ》をひかないようにほっぽこ[#「ほっぽこ」に傍点]頭巾《ずきん》をすっぽり被《かぶ》り、足にはゴムの長靴《ながぐつ》を穿《は》いて。何という変てこ[#「てこ」に傍点]な
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