吊《つ》り下《さが》り、その下で木之助は好きな胡弓を牛飼について弾いた。
 旧正月がついにやって来た。木之助は従兄《いとこ》の松次郎と組になって村をでかけた。松次郎は太夫さんなので、背中に旭日《あさひ》と鶴《つる》の絵が大きく画《か》いてある黒い着物をき、小倉《こくら》の袴《はかま》をはき、烏帽子《えぼし》をかむり、手に鼓を持っていた。木之助はよそ行きの晴衣《はれぎ》にやはり袴をはき、腰に握り飯の包みをぶらさげ、胡弓を持っていた。松次郎はもう二度ばかり門附《かどづ》けに行ったことがあるので、一向平気だったが、始めての木之助は恥《はずか》しいような、誇らしいような、心配なような、妙な気持だった。殊《こと》に村を出るまでは、顔を知った人たちにあうたびに、顔がぽっと赧《あか》くなって、いっそ大きい風呂敷《ふろしき》にでも胡弓を包んで来ればよかったと思った。それは父親が大奮発《だいふんぱつ》で買ってくれた上等の胡弓だった。
 二人が村を出て峠道《とうげみち》にさしかかると、うしろから、がらがらと音がして町へ通ってゆく馬車がやって来た。それを見ると松次郎はしめしめ、といった。あいつに乗ってゆこう
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