に立って胡弓|弾《ひ》きがひく胡弓にあわせ、鼓を持った太夫《たゆう》さんがぽんぽんと鼓を掌《て》のひらで打ちながら、声はりあげて歌うのである。それは何を謡《うた》っているのやら、わけのわからないような歌で、おしまいに「や、お芽出《めで》とう」といって謡いおさめた。すると大抵《たいてい》の家では一銭銅貨をさし出してくれた。それをうけとるのは胡弓弾きの役目だったので、胡弓弾きがお銭《あし》を頂《いただ》いているあいだだけ胡弓の声はとぎれるのであった。たまには二銭の大きい銅貨をくれる家もあった。そんなときにはいつもより長く歌を謡うのである。
ことし十二になった木之助は小さい時から胡弓の音が好きであった。あのおどけたような、また悲しいような声をきくと木之助は何ともいえないうっとりした気持ちになるのであった。それで早くから胡弓を覚えたいと思っていたが、父が許してくれなかった。それが今年は十二になったというので許しが出たのであった。木之助はそこで、毎晩胡弓の上手な牛飼《うしかい》の家へ習いに通《かよ》った。まだ電燈がない頃《ころ》なので、牛飼の小さい家には煤《すす》で黒い天井から洋燈《ランプ》が
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