て峠道《とうげみち》にさしかかるといつものように背後からがらがらと音がして町へ通ってゆく馬車が駈《かけ》て来た。木之助は道のはたへ寄って馬車をやりすごそうと思った。馬車が前を通るとき馭者台《ぎょしゃだい》の上を見ると、木之助は、おやと意外に感じた。そこに乗っているのは長年|見馴《みな》れたあの金聾《かなつんぼ》の爺《じい》さんではなく、頭を時分《ときわ》けにした若い男であった。金聾の爺さんの息子《むすこ》に違いない。顔つき[#「つき」に傍点]がそっくり爺さんに似ていた。それにしてもあの爺さんはどうしたんだろう、あまり年とったので隠居したのだろうか。あるいは死んだのかも知れない。いずれにしても木之助は時の移りをしみじみ感じなければならなかった。
しかしその年はまだ全然実入りがなかったのではなかった。金持ちの味噌屋はたのしみに最後に残しておいて、他《た》の家々を午前中|廻《まわ》った。お午《ひる》までに――木之助は何軒の家がお礼をくれたかはっきり覚えていた――十軒だった。そしてお礼のお銭《あし》は合計で十三銭だった。最後に味噌屋にゆくと、あの頃からはずっと年とって、今はいい老人になった御
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