は呑《の》ん兵衛《べえ》で、貰ったのはみんな飲んでしまい、まだ足らんで、持っていった銭《ぜに》まで遣《つか》ってくるから困るよ。それで今年はもう止《や》めておくれやとわたしから頼んでいるだよ」
 一昨年の正月も去年の正月も、一日門附けしたあとで松次郎が、酒のきらいな木之助を居酒屋《いざかや》へつれこみ、自分一人で飲んで、ついにはぐでんぐでんに酔ってしまい、三里の夜道を木之助が抱くようにして帰って来たのを木之助は思い出した。
「一人じゃ行けんしなあ」と木之助が思案《しあん》しながらいうと、松次郎が風呂から出て、「うん。俺も子供の時分から旧正月といえば、門附けにいっとったで、今更やめたかないが、女房めがああいうし、実は、こないだ子供めが火箸《ひばし》で鼓を叩いているうち破ってしまっただよ。行くとなりゃ、あれも張りかえなきゃならぬしな」といった。
 木之助は仕方がないので一人でゆくことにきめた。自分の身についた芸を、松次郎のように生かそうとしないことは木之助には解らなかった。何故《なぜ》そんなことが平気で出来るのか考えて見ても解らなかった。いかにも年々門附けはすたれて来ている。しかし木之助の
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