いろ》は、何事かを一生懸命に物語っているように村人たちには聞えたのである。
だが歳月は流れた。或《あ》る年の旧正月が来たとき、こんども松次郎と一しょに門附けにいこうと思った木之助が、前の晩松次郎の家にゆくと風呂《ふろ》にはいっていた松次郎はこういった。「もうこの頃《ころ》じゃ、門附けは流行《はや》らんでな。ことしあもう止《や》めよかと思うだ。五、六年前まであ、東京へ行った連中も旅費の外《ほか》に小金を残して戻って来たが、去年あたりは、何だというじゃないか、旅費が出なかったてよ」
「でも折角《せっかく》覚えた芸だで腐らせることもないよ、松つあん」と木之助は励ますようにいった。「東京は別だよ、場所(都会)の人間はあかんさ」
「だが、俺《おれ》たちも一昨年《おととし》、去年は駄目《だめ》だったじゃねえか。一日、足を棒にして歩いても一両なかっただもんな。乞食《こじき》でも知れてるよ」
なおも木之助がすすめると、風呂の下を焚《た》いていた松次郎のお内儀《かみ》さんがいった。「木之さん、あんたは大人《おとな》しいから、たとい五十銭でも貰《もら》えば貰っただけ家へ持って来るからええけど、うちの人
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