母さんは、とても面白がって、よろこんで文六ちゃんの話をきいてくれるのでした。
「神子《みこ》さんね、あれよく見たら、お多福湯のトネ子だったよ」
と文六ちゃんは話しました。
 お母さんは、そうかい、といって、面白そうに笑って、
「それから、もう誰が出たかわからなかったかい」
とききました。
 文六ちゃんはおもいだそうとするように、眼を大きく見ひらいて、じっとしていましたが、やがて、祭の話はやめて、こんなことをいいだしました。
「母ちゃん、夜、新しい下駄おろすと、狐につかれる?」
 お母さんは、文六ちゃんが何をいい出したかと思って、しばらく、あっけにとられて文六ちゃんの顔を見ていましたが、今晩、文六ちゃんの身の上に、おおよそどんなことが起ったか、けんとうがつきました。
「誰がそんなことをいった?」
 文六ちゃんはむきになって、じぶんのさきの問いをくりかえしました。
「ほんと?」
「嘘《うそ》だよ、そんなこと。昔の人がそんなことをいっただけだよ」
「嘘だね?」
「嘘だとも」
「きっとだね」
「きっと」
 しばらく文六ちゃんは黙っていました。黙っている間に、大きい眼玉が二度ぐるりぐるりとまわり
前へ 次へ
全15ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング