を送《おく》ってきた海蔵《かいぞう》さんが、村《むら》の茶店《ちゃみせ》にはいっていきました。そこは、村《むら》の人力曳《じんりきひ》きたちが一仕事《ひとしごと》して来《く》ると、次《つぎ》のお客《きゃく》を待《ま》ちながら、憩《やす》んでいる場所《ばしょ》になっていたのでした。その日《ひ》も、海蔵《かいぞう》さんよりさきに三|人《にん》の人力曳《じんりきひ》きが、茶店《ちゃみせ》の中《なか》に憩《やす》んでいました。
 店《みせ》にはいって来《き》た海蔵《かいぞう》さんは、いつものように、駄菓子箱《だがしばこ》のならんだ台《だい》のうしろに仰向《あおむ》けに寝《ね》ころがってうっかり油菓子《あぶらがし》をひとつ摘《つま》んでしまいました。人力曳《じんりきひ》きたちは、お客《きゃく》を待《ま》っているあいだ、することがないので、つい、駄菓子箱《だがしばこ》のふたをあけて、油菓子《あぶらがし》や、げんこつや、ぺこしゃんという飴《あめ》や、やきするめや餡《あん》つぼなどをつまむのが癖《くせ》になっていました。海蔵《かいぞう》さんもまたそうでした。
 しかし海蔵《かいぞう》さんは、今《いま》、つまんだ油菓子《あぶらがし》をまたもとの箱《はこ》に入《い》れてしまいました。
 見《み》ていた仲間《なかま》の源《げん》さんが、
「どうしただや、海蔵《かいぞう》さ。あの油菓子《あぶらがし》は鼠《ねずみ》の小便《しょうべん》でもかかっておるだかや。」
といいました。
 海蔵《かいぞう》さんは顔《かお》をあかくしながら、
「ううん、そういうわけじゃねえけれど、きょうはあまり喰《た》べたくないだがや。」
と、答《こた》えました。
「へへエ。いっこう顔色《かおいろ》も悪《わる》くないようだが、それでどこか悪《わる》いだかや。」
と、源《げん》さんがいいました。
 しばらくして源《げん》さんは、ガラス壺《つぼ》から金平糖《こんぺいとう》を一掴《ひとつか》みとり出《だ》すと、そのうちの一つをぽオいと上《うえ》に投《な》げあげ、口《くち》でぱくりと受《う》けとめました。そして、
「どうだや、海蔵《かいぞう》さ。これをやらんかや。」
といいました。海蔵《かいぞう》さんは、昨日《きのう》まではよく源《げん》さんと、それ[#「それ」に傍点]をやったものでした。二人《ふたり》で競争《きょうそう》をやって、受《う》けそこなった数《かず》のすくないものが、相手《あいて》に別《べつ》の菓子《かし》を買《か》わせたりしたものでした。そして海蔵《かいぞう》さんは、この芸当《げいとう》ではほかのどの人力曳《じんりきひ》きにも負《ま》けませんでした。
 しかし、きょうは海蔵《かいぞう》さんはいいました。
「朝《あさ》から奥歯《おくば》がやめやがってな、甘《あま》いものはたべられんのだてや。」
「そうかや、そいじゃ、由《よし》さ、やろう。」
といって、源《げん》さんは由《よし》さんと、それをはじめました。
 二人《ふたり》は色《いろ》とりどりの金平糖《こんぺいとう》を、天井《てんじょう》に向《む》かって投《な》げあげてはそれを口《くち》でとめようとしましたが、うまく口《くち》にはいるときもあれば、鼻《はな》にあたったり、たばこぼんの灰《はい》の中《なか》にはいったりすることもありました。
 海蔵《かいぞう》さんは、じぶんがするなら、ひとつもそらしはしないのだがなあ、と思《おも》いながら見《み》ていました。あまり源《げん》さんと由《よし》さんが落《お》としてばかりいると、「よし、おれがひとつやって見《み》せてやろかい。」といって出《で》たくなるのでしたが、それをがまんしていました。これはたいへんつらいことでありました。
 はやく、お客《きゃく》がくればいいのになあ、と海蔵《かいぞう》さんは眼《め》をほそめて明《あか》るい道《みち》の方《ほう》を見《み》ていました。しかしお客《きゃく》よりさきに、茶店《ちゃみせ》のおかみさんが、焼《や》きたてのほかほかの大餡巻《おおあんまき》をつくってあらわれました。
 人力曳《じんりきひ》きたちは、大《おお》よろこびで、一|本《ぽん》ずつとりました。海蔵《かいぞう》さんもがまんできなくなって、手《て》が少《すこ》しうごきだしましたが、やっとのことでおさえました。
「海蔵《かいぞう》さ、どうしたじゃ。一|銭《せん》もつかわんで、ごっそりためておいて、大《おお》きな倉《くら》でもたてるつもりかや。」
と、源《げん》さんがいいました。
 海蔵《かいぞう》さんは苦《くる》しそうに笑《わら》って、外《そと》へ出《で》てゆきました。そして、溝《みぞ》のふちで、かやつり草《ぐさ》を折《お》って、蛙《かえる》をつっていました。
 海蔵《かいぞう》さんの胸《むね》
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